恋人は毘沙門天

「ケムいしクセえ!」

 バキ、だか、メキ、だか。
 ともかく財布的にいやな音をたてて扉は開かれた。
 あまりにも乱暴で粗野な開門。
 けれどもその背中には後光が見えたとかなんとか。



 片付けを放棄されたコーヒーカップと灰皿のにおいが充満して重苦しく。電灯は適正なものがきちんとついているのに仄暗く。中にいる人間の顔色も白いんだか青いんだかとよろしくないー絵に描いたように煮詰まった部屋。
 さほど厚くもない板一枚挟んだ先から放たれる寄るな触るなという苛立った雰囲気に負けて、すっかり天岩戸と化したそこに立ち入る蛮勇を持つ人間はあいにくいなかった。が、かわりに智恵があったので神仏に頼ることにした。
 運良く回線が繋がればケッタでデリバリーされてくれる未来の仏様に。



「なぁにしてんだよアマグニセンセ」
「お前こそ何しに来た」
「迷える衆生を導きにきてやったんだよ」
「法廷に神と仏の出番はない。とっとと帰れ」
「んなグラッグラの天秤で正しく罪科が測れるとは思えねえな」

 かろうじて蝶番にひっかかっていた扉をばきんと蹴倒し、ひしゃげたそれをわきに退ける。目の前で鳴り響く破壊音に、一番奥にある机に座した男がわずかに反応した。だが、依然としてピリピリとした気配は変わらない。
 常と同じ軽口をたたきながら、ポケットに手を突っ込んで歩み寄る。詳しい事情は言えないが無償で引き受けた案件で悪いことがあったのだという。小さくつけ加えられた最悪の事態は避けられたけれどもという言葉でなんとなくの察しはついた。

「今のお前からは地獄しか見えねえぞ」
「そりゃそうだ。カスを地獄に送るための準備をしてんだからな」
「止めやしねえよ。何があったかも知らねえし。拙僧はアマグニセンセが怖いからなんとかしてください〜って泣きつかれたから来ただけだしな」
「忙しいとこ悪かったな」
「苦海で喘ぐ衆生のためだから気にすんな」
「……そこに俺は入るのか」
「入れてほしくないなら今すぐ空気入れ替えてコップと灰皿片付けな。あと歯ァ磨いてこい」

 電話して三分、到着して五分。
 数日間こもりきりだった男をたやすく引きずり出した悪僧は、机の上の山となった吸殻に顔をしかめ、背後の窓を大きく開いた。レースカーテンが風をふくんでふくらみ、積まれた書類や資料、書籍を揺らし、いくらかは波打つ裾と風にまかれて飛び散る。
 扉のなくなった入口から見えるその光景は、しっちゃかめっちゃかなのに、えらく爽快だったそうだ。



 顔を洗って、歯を磨いて、鏡にうつる自分のひどい顔色に辟易して、部屋に戻る。
 破壊されたドアにため息をついて中に入ると、全開にされた窓から吹き込む風が頬を打つ。先ほどまでのこもった空気は消え失せて、たまった食器やゴミはすっかり片付いていた。逆にそこら中に書類やらが散らばっているが、文句を言う気にはなれない。

「結局やらせちまったな」
「拙僧は窓開けただけだよ。きったねえコップだの灰皿だの片してくれたの職員さんだからな。ちゃんと頭下げとけよ」
「もうしてきた」
「さすがアマグニセンセ。もっと頼ってやれよ。みんなセンセのこと好きなんだから」
「わかってる」
「これに懲りたら拙僧が呼ばれることがないように頼むわ」

 机の周りをぐるぐると回りながら、のんびりと話す姿は、一仕事終えたときのようにすっきりとしている。
 なのにか、だからか、ドアをブチ破ったからお代はタダでいいぞ、と笑う顔は、まだどこか他人行儀に感じた。

「……歯、磨いたぞ」
「じゃあ、ようやく拙僧の獄だ」

 ぎゅう、と急に無遠慮に抱きついてくるものだから、バランスを崩しかける。机の角に手をついてことなきを得たが、散らかった部屋で危ないことをしないでほしい。

「おい、くう、」

 咎めようと開いた口は、噛みつくように重ねられたくちびるでふさがれた。
 やわい、無垢な色のそこに、歯磨き粉のミントの香りと消えなかった煙草が混じる。
 嬉しげに細められた金色の目は、子供でも僧侶でもない、恋人のものだった。

2021/02/07


BACK
作文TOP/総合TOP