さくやこのはな

 いつからかわからないけれどーおそらく生まれる前からーともかく庭に梅が生えていて、それはおとろしく寒くなるとたいそう綺麗に咲く。物心ついたときにはすでにあったから、寺と同じく先祖代々のものだろう。
 花より団子、まではいかないが、あまり花を愛でるような趣味はない。ただ「ああ、今年も咲いたな」と思って、実がなったら酒にしたりジュースにしたりして振る舞うくらいだ。

「あんな見事な梅をシロップていどにしか思わないとはなあ」
「生まれたときからあるし、あと」
「乱暴にしてお触り厳禁だっけか……灼空さんも頭が痛いだろうよ」

 こんなクソガキに由緒ある寺を後継させるなんてという言葉を飲み込んだ相手とて、そんな雅な趣味はない。そのくせこちらを物の価値のわからない子供のように扱うのだ。
 今だってやることもないから一緒に縁側に腰掛けて、なんとなく目についただけだろうに。

「たまに来て眺めてるだけのやつにはわからねえよ」
「お前だって見てるだけだろ」
「拙僧は毎日見てんだよ」

 花に興味がない人間は、咲くまで気づかない。咲いたって名前もわからないまま、マァキレイネなんて言っている。
 空却だって似たようなものではあるが、この梅に関してだけは違う。部屋の窓からちょうど見えるところに生えている梅を、本当に毎日見ているのだ。小さな花が咲き誇る前から、春夏秋冬、ずっと。

「ここの梅は全部白いんだな」
「ああ、赤いのはねえな。ずぅっと白だけだ」
「さすがに毎日見てるだけあるな」

 理由は知らないが、庭の梅は白しか咲かない。空却の髪が赤いから紅白でめでたいですね、なんて言われたこともある。
 何色だって花は花だ。色に意味を見出すのも人間の勝手だ。ただ毎日見ている梅についてのことだけはすんなり受け入れられた。これが愛着か、とも。

「大事にしてるんだな」
「見てるだけだっつの」
「素直になれよ。あの梅を見てるお前ー」



 小学校に上がるよりも前、白い小さな花が綺麗で、もっと近くで見たくて、ほしくて、ぽきん、と一本、枝を折った。
 案の定、烈火の如く父親から怒られ、それ以来近寄ることすら禁じられた。最近になって触ってはいけない、になったが、調子に乗って近寄り過ぎれば元の木阿弥だろう。
 時が来るまで近寄らず、触れず、ただ遠くから眺めた方がいいこともある。愛おしいと、胸を打たれたからこそ、そのままで。



『優しい目をしてるぞ』

 あの梅が、焦がれた相手と、自分と、重なりはじめたのはいつからか。愛おしいと、自分のものにしたいと、伸ばして手折った白梅。凍てつく寒気の中、それでも強かに花開く白梅。
 とっくに見抜いたこちらの恋慕を、あの男は告げられるのを待っている。たまに会うだけでもお前のことなんかお見通しだと言うように。
 それがなんとなく腹立たしいから、もう少し見ているだけにする。

 簡単に、春が来るとは思うなよー?

2021/02/08


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