うるわしのヴァギナ・デンタータ

 やわく、あわい桃色のくちびると、その奥に覗く真珠色の歯列は、ひどく無垢に見える。
 けれど、ひとたびぱかりと開けば真っ赤な舌と、薔薇色の口腔がぬめり、誘うのだ。
「ひとや……」
 はあ、と甘く重たいため息をこぼしながら名前を呼ばれたら、もうたまらない。
 とけたバターのような黄金色の瞳が快楽を期待して蠱惑的に細められるのも、上気してほてる頬も、全てが自分を求めている。
 しかし、だがしかし、

「フェラはしなくていい」
「なんでだよ!」



 年下の恋人は色事を知らぬまま、お前とならどうなってもいいと身体をあけ渡してきた。
 そんなことをするなと言ったものの、寝台に転がる恋人が美味そうで美味そうで、あれよあれよと食らいついてしまったのだ。
 単純な色香だけなら我慢できた。だが、プライドが高く我も強い恋人が、己の手綱を他人に委ねるのを許すこと。それがどれほどの信頼で愛か。考えたら止まれなかった。
 未踏の新雪を荒らす子供のように、他人の熱を知らない柔肌を暴いて、誰も知らない、知ることのない姿に、声に、夢中になった。

 くちづけもしたことがないと言われたのに喜び勇んで吸いついたせいで、あわい色をしていたそこは腫れて色濃く変わり、ふんわりと膨れている。
 触れ合わせただけで背をふるわせた恋人がかわいくて、軽く突き出されていたくちびるがまるまるまで、自身のそこで、歯で、甘噛みした。
 嫌だったかと、もうやめようかと問えば、口許を手で隠しながら、舌足らずにいやじゃない、やめるな、でもちょっとまて、なんて。まだくちびるに触れただけ、それなのにこんなにかわいくて、いやらしくて、いいのだろうか。
 恋人が自らくちびるをあらわにするまで待ってやりたかった。くちづけだけで感じ入ってしまううぶな身体に優しくしてやりかった。そんなの、どだい無理な話だったのに。
 小さく、まって、と言われた。が、聞こえないふりをして、再びくちびるを犯した。簡単にはがしてしまえた手を押さえつけて、引き結ばれたそこを貪る。
 きゅっと閉められたくちびるは、二、三度ノックすればすぐゆるんで、まって、まって、と喘いだ。目に涙がたまり、頬もいっそう赤く染まっている。
 気づいていた。恋人がくちづけだけで甘く絶頂を繰り返し、下をどろどろに濡らしているのに。そのことに恋人自身が一番動揺して、まって、と言っていたのにも。
 いまさら待ってなどやれるものか。
 何度目かのつたない制止を、舌をねじ込んでかき消した。驚いて逃げ損ねた恋人のそこを絡め取り、わざとじゅぷじゅぷとはしたない音を立てながらなぶってやる。されるがままの肉びらを舌先でちろちろとなぞったり、きゅう、と締め付ければ、背をふるわせて、また甘く達した。
 ついに隠す余裕もなくなって、口から涎をこぼしながら身体をひくひくとわななかせる恋人が、ばか、とぐしょぐしょの股間を押さえて睨みつける。きもちよすぎて泣いているくせに、そんなふうに牙を剥く。
 好きだから好きにしていいなんて据え膳に乗るー馬鹿な子ほどかわいい。どうしようもなく。止められない。
 ひ、と怯えたように喉を鳴らすのにすらゾワゾワとする。いけないと思うのに。怖がらせたくないのに。は、と息を吐き出して、何かを言おうとするのを聞きたくなくて、無理矢理口を塞いだ。
 刹那。ぴり、と痛みが走った。舌の上に金臭さが広がって、切れたのだと気づく。意識すれば唾液も湧いて出て、飲ませるわけにはいかないと口を離した。
 血の混ざった唾液を飲み込むと、ぼんやりとほてったままの恋人が、ごめん、と謝ってきた。唾液でつやめくくちびるからわずかに覗く、真珠色の鋭い犬歯。その先端に、かすかに血がついていた。

 よくある不幸な事故だ。鼻をぶつけたり、歯をぶつけあったりするような。幸いにもお互い萎えたりもせず、上手いこと頭が冷えて、あらためてきちんと抱き潰させていただいた。
 ただ、フェラをさせたくない。
 あの敏感な口腔や舌、喉を、後腔を犯すようにしてやったらー胎にするように舌をなぞり、口壁をこね回し、喉奥をえぐり、精をぶちまけたらー触られてもいないのに絶頂して、尻も同じようにしてくれと自ら強請ってくる。
 ……そんな想像までつくのに、頑なに拒むのは、あの事故のせいだ。
 恋人のまって、を聞いてやれなかった罰のように、舌に刻まれた傷。
 かわいい恋人が許してくれるのに甘えすぎてはいけない。そういう自戒と、あの日のようにナニを噛まれたら、と思うとゾッとするのだった。

2021/02/09


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