幸福で至上の支配的規範
ついにロボット掃除機を手に入れた! という嬉々とした報告をされて寺に向かうと、ぶいんぶいんと音を立て、風を吹き、掃除というかゴミを散らかすような有様の丸い塊が二つ、廊下を疾走していた。
「アレか……?」
「アレだ」
百均で五百円だったというそれは白と黒の二色展開で、せっかくだから両方買ったそうだ。
ならば別々の場所に放てばいいものを、どうしてか——もしくはこの状況を予期してか——広く長い廊下を並走させている。
それにしてもうるさいし、ゴミを回収出来ているようには思えない。ほとんどラジコンカーみたいなものだ。
「安かろう悪かろう……値段相応ってやつか」
自宅にある使わなくなったロボット掃除機がいかに優秀だったかを痛感する。
あれは静かで素早く、髪の毛だの埃だのを綺麗に片付けてくれた。コーナーにひっかからずに方向転換をし、無理な段差はきちんと察知して止まった。
知らぬ間に部屋の中を徘徊されるのが我慢ならないという理由でお役御免したのが忍びない。
「ンなら獄んちの使ってねぇやつ寄越せよ」
「なんでだよ」
「てめぇンちで眠ってるやつァお値段相応に優秀なんだろ? そんな良いもんを使わねぇでしまっとくなんざ宝の持ち腐れってこった。拙僧がロボット掃除機として生まれた使命を全うさせてやるよ」
世界広しといえど、これほど正々堂々とサボり道具を強請るバカはこいつくらいのものだろう。
呆れ半分のから笑いのまま断ると、ケチ、と不名誉になじられた。
「……お、ヘル獄のが速ェな」
「待て、今なんつった?」
「何って……ヘル獄」
「だからなんだそれは」
「見りゃわかんだろ、ロボット掃除機の名前だよ」
ヘル獄に入れた電池のが新しいのかもとかそんなのはどうでもいい。なんだその名前は。
黒いのがヘル、白いのがヘブン、とこともなげに言われると、こちらが間違っている気がしてくる。
「なんか獄みてぇだなって思ってよ」
「思っても名付けるな!」
「白いのがヘルだったのか?」
「そういうことじゃない!」
「うるせぇなぁ! ヘル獄もヘブン獄も頑張ってんだろ!」
「一番頑張ってんのは俺だよ!」
わけがわからない状況につい声を荒げると、ぽかんとしたバカガキが困ったように唸った。
いくらかすると、むう、とへの字に閉じた口がにんまりと口角を上げる。
「そらそうだな。天国も地獄も両方やってる獄が一番頑張っとるわ」
よしよし、と爪先立ちで頭をぐしゃぐしゃと崩されて、やめろと言ってもやめやしない。
我慢ならないはずのそれを不思議と許してしまう理由は一旦置いておくとして、格安ロボット掃除機につけた名前はどこまで浸透しているのか。
それを確認しないと髪を直す気にもならない。
2025/1/31
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