ふわふわ緊縛刑
冬に恋人に着せたいアイテムとして有名なブランドを、いちおう、知るわけがないと思いながらいちおう、恋人に聞いてみた。
「じぇらぴけ? よく檀家のバーさん共が着てるヤツだろ」
殊勝にも門前掃除をしている恋人の思いもよらない回答にそうなのか……? と首を傾げていると、ふわふわで着心地がよく、保温力もあるし軽いから愛用者が多い、と補足が入った。
空厳寺は観光地化もしているが熱心な来訪者は御年配が多く、ミーハーな理由でなく話しかけるのもそういった人が大半を占める。
よって空却の知識や情報は知恵袋というか井戸端会議というか……外見に反するものが多くなるのだ。
「なんだよ急に。だいたいそういうのは拙僧より十四のが詳しいだろ」
「それはそうなんだが……」
「はっきりしねぇなぁ!」
すでにもう住職に叱られ、罰として寒風吹き荒ぶ中での門前掃除を言いつけられた恋人は苛立っていた。
マフラーはつけているものの防寒具らしい防寒具はそれきりで、時折手を擦り合わせている。
野生の子供のような恋人でも最強寒波は強敵のようだ。
「買ったんだよ」
「何を」
「話の流れでわかんだろ! ジェラピケだ!」
「そうかよ、ンで誰に」
「お前しかいねえだろうが!」
はぁ? と訝しげに眉を顰める恋人に事の次第を説明する。
自宅で着ているスウェットがくたびれてきて、買い直そうと思ったついでに空却が置いているものも確認したのだ。
だいたい同じようにくたびれていたスウェットに迷わず処分を決め、新しいのを買っておこうとネットを開く。
着倒して汚すことが前提で定期的に買い替えるスウェットを、ブックマークしてある通販サイトの前回購入品から再手配しよう——として、やめた。
「お! 拙僧もそろそろヤベェと思ってたんだよ。ありがとな」
「ほっとくと破けるまで着るだろ……」
「ありがてぇけどよ、なんでまたじぇらぴけに変えたんだよ」
殊更に追求するわけでもない、純粋な疑問に満ちた視線が逆に刺さる。
じぃ、と見つめる目が、バーさん達は防寒寝巻きとして優秀だから使っているが、自分達はただ寝るだけではないだろうとも訴えるあたり、価格帯も知っている。
そう、感度の良い恋人を可愛がって着潰すにはコスパが悪い。
それでも買い替えたのは何故か、を問われている。
うやむやにして逃げられるわけがなかったが、まさかここまで食いつくとは。
「バーさん達が可愛いすぎて着れないのもあるって言ってたんだが……獄、もしかして拙僧に猫耳だのなんだのが生えてンの、着せたかったのかァ?」
「馬鹿! 違うっての……俺はただ」
「ただァ?」
にまにまニヤニヤと嗤う恋人に乗せられた。
確かにフード付きのパーカーだのはあるが、そんなものは買っちゃいない。純粋にふわふわと温かいナイトウェアを買っただけだ。
「なァんで黙るんだよ。拙僧に着せてぇモンなんだろ? どーしてかくらい教えてくれたっていいじゃねえか」
ごもっともだ。
もちろん冷え込みがきつくなるから温かく過ごさせたいだとか、似合いそうな色合いだったとか、そういう理由はいくらでもある。
だがきっと、恋人は根っこにある動機を言わねば許してくれない。
にまにまニヤニヤと嗤う恋人が憎らしくて、それ以上にかわいくて、白旗を上げるしかなかった。
「……それ着たお前を抱きながら寝たら、どんだけ気持ちいいかと思ったんだよ」
決してスウェットや素肌が物足りないわけではない。
寒い夜、見るからにふわふわと温かそうな装いの恋人を腕の中におさめて眠れたら、と思っただけなのだ。
スウェットでは肌寒そうで、素肌は触れたら貪りたくなってしまう。
件のナイトウェアは見るからに温かく、素肌に劣るとはいえ手触りがいい。
そんな格好の恋人を抱いて寝れたならば、どれほどの満足感が得られるだろうか。
一度思いついたら検証せずにはいられなかったのだ。
「へぇー……」
「……なんだその目は」
「獄も可愛いトコあんだなぁって」
ふわふわの抱き枕になってやるからな、と赤子をあやすように微笑むと、頭をセットを崩さぬていどに撫でられる。
ああ、クソ。結局いつものスウェットも買わねばならなくなった。
よほど疲れ切った日でなければ、こんなかわいい恋人をただ抱き枕にするだけで夜を越えるなど、出来るわけがない。
2025/2/7
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