墓守マッチポンプ
桜の下には死体が埋まっている——
「つってもよぉ、遡ればどこだって死体の一つや二つ埋まってんだろ? いちいち怖がってられっかよ」
「坊主のセリフとは思えんな」
「どこがだよ。ただの事実だろーが! そんくれぇ当たり前のことをいちいち怖がってんじゃねぇってんだ」
春。草木豊かな空厳寺でも桜が咲いた。
可愛らしい薄桃色の花に老若男女が顔をほころばせる中、掃き掃除が増えたとほうきを抱えた子供だけがぶすくれている。
ご機嫌斜めの修行僧に手土産の桜餅を渡すと、いただくぜ、と言うや否や、すぐさま一つ頬張りながら、今日だけで何度もされた話なんだが、と有名な話を切り出した。
「当たり前ったってなぁ……」
「そもそも、人間に限らず死体なんざそこいら中にあんだろ」
「極端なんだよ……。同じ死体でも虫と人間じゃあサイズも事後処理も違うんだから、それこそ怖がって当然だろ?」
そこいら中死体だらけなのは当たり前、とのたまう子供の言葉にならって言えば、は、と鼻で笑われる。
「ま、普通は見えねぇしな」
「……どういう意味だ」
「そのまんまだよ。拙僧にゃそこいら中の死体になったヤツラが見えんだよ」
二つ目の桜餅はさすがに遠慮したらしい子供がごちそうさん、と手を合わせて土産を片付け、続きをお話ししてやろうとばかりに視線をこちらへと向けた。
時代も種族も超えたそれはふわふわぶらぶらとそこいら中にいて、たまに身近な人——少し前に葬儀をした人——もいるらしい。それこそ四十九日もすればだいたいいなくなるようだが、弔われない、死んだと認識されず、当事者も自覚していないものは残ってしまうのだと言う。
「ま、本人は逝っちまったけど強い思念だけが残ってるヤツとか、十四と獄によく憑いてる逝ってないヤツラとかもいるけどな」
「待て、なんだその聞き捨てならないもんは」
「ヒャハ! なァんだよ白々しい。わかんだろ? 生霊ってヤツだよ」
目も口も三日月の形にして笑う子供が、こちらの目ではなく背後——満開の桜以外は何もない——を、じい、と視線で撫でた。
見習いで生臭の悪僧といえどその才能と能力に疑うところはない。故に虚空をなぞった金の目が、相手に合わせるように上下に動くのは脅かしではなく、真実『いる』という証明なのだ。
「おい空却……」
「安心しな、十四も獄も拙僧と縁付いてる時点でよっぽど根性があるの以外は近寄ってこねぇよ。よしんばくっついてきたとしても寺に入った時点で弾かれる」
今いるのは弾く必要すらない、獄に縋りつくのが精一杯の弱っちいヤツラだけだ、と目を細める子供から背後へと、慈しみと憐れみのまぜこぜになった眼差しがそそがれる。どうあれ、ほうっておいても消えるほどか弱いならば、恐れることもあるまい。
「ところでどういうヤツラなんだ……?」
「おっ! 銭ゲバ弁護士センセ、憑かれるだけのコトしてる自覚がおありぃ?」
「嫉妬と逆恨みは慣れっこでなあ? 怠惰と自業自得の結果で吠える面が気になるだけだ」
「趣味の悪ゥいセンセ! 残念ながら『悪意』だの『害意』だのを持ってたらどんだけ雑魚でももれなく弾いちまうんだわ。だから——」
今くっついてるのは悪趣味な弁護士センセへの好意を持ったヤツラだけだよ——
そう、いたずらが成功したように破顔する子供に、今日がエイプリルフールなんだと思い出した。
「ビビったか?」
「罪がない、かは微妙なラインだな」
「みぃんな獄が好きだってよ。これは嘘じゃないぜ」
手土産持って来たお客様をいつまでも立ち話させらんねぇ、とサボりの口実を見つけた子供が歩き出す。
その背を追おうとした瞬間、強い風が吹いて桜が舞った。
桜の下には死体が山ほど埋まっている。
男の背にみっともなく張り憑いた死体が、朽ちては地に沈んでいる。
それが桜の養分になっているかは知らないが、ともかく寺の桜の下には死体が山ほど埋まっている。
見慣れた赤毛。見慣れた金眼。鏡写しのそいつらは、ただじっと惚れた男の背に縋りついて、好きだ、と消え入りそうな声でないている。
悪意も害意もない、ただただ弱く憐れで見苦しいそいつらを、拙僧は弔ってやることが出来ない。
歩き出してすぐ、後ろから男がついて来た。
途端、耳が覚えてしまった、ざ、と地を蹴る足音をかき消すほどの強風が吹く。
そのていどで吹き飛び消える恋ならば、こんな無様は晒していない。
そしてまた、新しい死体が男に取り憑いた。
2025/4/1
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