明日来る鬼を生け捕りに

 馬鹿げた嘘をつくのにちょうどいい日があるかは知らないが、馬鹿げた嘘をつきたくもなるような天気ではあった。
 どんよりとした空模様は雨を降らすでもなく、ただ暗雲の領地を広げるばかりではっきりとしない。
 時勢に乗っかって気晴らしもしたくなるというものだが、その内容がいただけなかった。

「騙されねぇとは思ったけど、もうちょい付き合ってくれたってよかったじゃねぇか」
 十四共々に寺に呼び出され、どちらでもいいし二人ともでもいい、自分の代わりに寺を継いでほしいと言われたのはほんの少し前。
 一悶着ののちに用事があると寺を出た十四を見送って、今は客間の机を挟んで恋人と向かい合っている。
 もてなしにふるまわれた茶と菓子は、二人して手をつけていない。
「面白くもねえ冗談にゃ付き合えねえんだよ」
「なぁんだよ、ノリ悪ぃの」
 すぐに嘘だとわかったものの、そう昔ではない忌まわしい出来事——逆恨みで恋人の父親が襲われ、一度は恋人がDRBの参加を辞退するとまで決めた——が頭をかすめた。
 らしくもない言葉と表情が嫌な形で重なって、血の気が引いたのは一瞬だったが、まだ笑ってやることが出来ない。
 そんな内心を察してか、何か言いたげだった十四も口を閉じて退席してくれた。巻き込まれたくない、という顔をしても見えたが。
「……嘘だなんて、すぐわかるのにな」
「はぁ?」
「自分の代わりに寺を継げ——なんざ、絶対にあり得ない嘘だなんてすぐにわかるのに、笑えないんだよ」
 嘲ることも、苦々しげにすることも、呆れてやることも、冗談として流してやることも出来なかったんだと、無邪気なままの金色を見据える。
 だいたい去年まではツチノコ発見だの、野生動物と乱闘だの、お手本のようなエイプリルフールをしてきたくせにいきなりなんなんだ。
「すぐ嘘だってわかったんだろ? ならいいじゃねぇか」
「笑えないって言ってるだろ」
 合わせて外さない目には、やらかした、と書かれていて、心底からクソで馬鹿なガキなのだと思わされる。
 毎年一蹴されるのをどうにか驚かせて反応を見たい、とでも考えたのだろう。
 見慣れた湯呑みにかすめた指がひやりとしたのが、いつもよりも我慢ならない。
「お前は思いついたら即断即決して、勝手に東都に行ったと思えば戻って来て、DRBに巻き込んだと思えば辞退とか言い出して……」
「ガキの頃の話まで引きずりだすのかよ!」
「今もガキだろうがクソバカガキ。ともかく、俺は……」
 拙僧の代わりに寺を継いでほしい。
 神妙すぎる、殊勝すぎる、それだけで嘘とわかる声と表情なのに、頭の中によぎったのは「じゃあお前はどこに行くんだ」「これからお前はどうするんだ」「俺達を、俺を、置いて行くのか」というよるべのない子供のような駄々ばかりだった。
 どこでも行ける、どうとでも生きていける恋人は、一番に駆け出して後ろを振り向かない。その背を追うのも、共に歩むのも、本気で拒まれたならば、きっと俺の手では届かない。
 じ、と見つめた先の目はもうすっかり自分のあやまちを理解している。
「もうしねぇよ」
「嘘だね。そう言ってお前はまたなんかあったら一人で勝手に決めちまうんだ」
「どっちがガキなんだか……」
 悪かった、と露骨なご機嫌取りのくちづけと共に頭に降ってきた謝罪は、それでも真摯な響きをしていたから許してやることにした。ついでに急に身を乗り出すから机が揺れ、湯呑みから冷たくなった茶がこぼれたのも。
 ちゅ、と触れるくちびるが、拗ねる子供をあやす仕草そのものなのは気に入らないが、刺した釘がきちんと刺さっていなければこうはならない。非を感じなければ納得いくまで噛みついてくる恋人だ。
「拙僧だって、大事な『家族』に何度もそんな顔させたいわけじゃねぇよ」
「……大事な『恋人』にもさせないでくれ」
「だからキスしてやってんだろ」
 これは獄だけだ、と額とまぶた、鼻先、頬へとちゅ、ちゅ、とやわらかいくちびるが触れる。
 寺では恋人っぽいことはしない、と言う恋人が己の信念を曲げてまで示してくれた誠意にいつまでも胡座をかいてはいられない。
 席へと戻ろうとする恋人の顎をつかんで、くちびるへとくちづければ、か、と赤く色づいて、それを隠すようににんまりと笑われた。
 この、ぬくくやわい生き物を逃がさないため、跡取りになるのは意外と名案なのかも知れない。

2025/4/5


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