赤点補習シーソーゲーム
「どうしてくれるんだこのクソバカガキ……!」
「は? なんだよ」
「なんで俺と結婚してるなんて言った!」
初夏。うっすらと汗ばむようになってもまだまだ朝晩は寒い時もあるものの、これから加速度的に気温が上がることを考えれば十分にすごしやすい季節。
新年度を迎えてひと段落した時期でもあるからか、周囲に目を向ける余裕も生まれやすいのだろう。
天国先生さえよければ、と見合いだの婚活パーティだののセッティングをしたがる人が増える。なんでも五月二日が婚活の日に制定されているだかで、毎年声をかけられる機会がこの時期だけ激増するのだ。
仕事の繋がりで断りきれずに承諾することもあるが、見合いも婚活パーティも我慢ならない。穏便に断るように努めれば、ほとんどの人間は空気を読んで察してくれる、が。
今日の相手はどうにも退いてくれなかった。
天国先生を尊敬している子で、自身もいじめられていた子で、と嬉しくないと言ったら嘘になる言葉を重ねられたが、最近成人したばかりで、と言われた瞬間に断固拒否した。
駆け出しの頃から何かとお世話になっている先輩弁護士の紹介だから出来るだけ断らずにきたが、さすがに年齢差がありすぎる。
だからこそ実際に会ってしっかり断ってもらった方がいいと思って、と眉を下げて苦笑する顔ににじんだ疲労に、頼まれたら断れない性分に共感したのだと思いだした。
仕方がない、一度会えばわかるだろう——浅めのため息をついて、わかりました、と言うべく、『わ』の形を作ろうと口を開いた瞬間、それは現れた。
「なあにが『その銭ゲバ脱法淫行弁護士は拙僧と結婚してるぜ!』だ!! いつ俺がお前と籍を入れた!!」
「あンだようるせぇな、常世でもこの縁は消えねぇって言ったじゃねぇか」
「ちょっと待て、お前の中でそれは結婚って意味だったのか……?」
「ちげぇよ。何言ってんだ獄」
「お前……どの面下げて……」
面倒臭いと書かれた顔を隠しもせずに頭をばりばりと掻く子供に苛立ちが募る。
予告もなく事務所に尋ねてくるのも、仕事の話に割り込んでくるのも、そのあげくに何もかもめちゃくちゃにするのはもはや日常であったが、結婚まで騙るとは。
「どーせ断るンならさっさと済ましちまった方がいいだろうが。わざわざめかし込んで出てってよぉ! 獄に懸想してるってヤツが可哀想だわ」
「可哀想ってなあ……」
「気を持たせる方が酷だろ。てめぇのことだから対面したらどぉせ手酷くフるなんざ出来やしねぇんだから」
優しく、丁寧に、遠回しに断ったら、もしかしたらと期待するやつだっているんだ、と吐き捨てる子供が何を知っているというのか。
とんでもない結婚宣言に目をしばたたかせた後、天国先生はご結婚なさった、とお断りしますね、と微笑んで帰っていった先輩にも否定しきれていないままだ。
「はあ……明日からなんて言ったらいいんだよ」
「んなの決まってんだろ、結婚しました」
「してねえだろうが!」
「あーあーうるっせぇの! じゃ、籍入れるか?」
「は?」
拙僧はもう準備出来てっけど、と差し出された婚姻届にはたしかに記入がされていて、ぽかんとしている間に握り慣れたペンを持たされる。
どきりとするほど冷たいペンが、お前がたかぶっているのだと教えるようでいたたまれない。
「……ほぉらセンセ、こっぴどくフる練習させてやるよ」
口元だけにぃ、とつり上げた笑顔の目はとっくにフラれた後の目をしてきらめいた。
砕けた黄金の光が泣いているようで思わず抱きしめると、期待をさせるな、と釘を刺される。
なるほど、これは残酷だ。
わかっていながら手を離せない俺も、抱かれるがままの子供も。
2025/5/2
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