五体投地で崇めてDarling

 最後のDRBで優勝を掴んだ瞬間から異常な忙しさに見舞われた。
 かつてのチャンピオン達から、少なくとも一年は解放されない、という気の滅入る祝福をいただき、腹を括ってはいたものの、しょせんは予想と想像でしかない。
 加えて『最後』の上に『優勝賞品が政権』である。
 ボクたちのときより忙しいかもね! と悪戯っぽく笑ったシブヤのリーダーも、私達も協力するんですよ、と微笑むシンジュクのリーダーも、もちろん紙一重を競った他のディビジョンのリーダーも手を貸すことを誓ってくれた、が。

「……バッ……カみてぇに忙しいな」
「俺に面倒くさい頭脳労働全部投げといて何ぬかすかこのクソバカ坊主見習い」
「仕方ないっすよ。空却さん、リーダーだからってひっぱりだこなんすから」
「前々から思ってたがリーダー贔屓が過ぎるんだよ」
「神宮寺寂雷、獄の武勇伝をそれはそれは楽しそうに話してくれたぜ?」
「ええ! いいなぁ空却さん、自分も聞きたいっす!」
「やめろやめろやめろ! あいつはほんっとに……人の黒歴史を『私と獄の素敵な思い出』としてそこら中で語りやがるからなあ……」
 防犯意識の高い獄の事務所に集まるようになって数ヶ月。
 所長室と書かれた扉の中はすっかり機密情報まみれで、常時鍵がかけられている。
 獄の机はそのままに、来客用だったテーブルとソファは十四と共々に持ち込んだ荷物で陣取って、過ごしやすいように整えてしまった。今日も今日とて第二の住処と化した所長室の一角で、近々の予定とそれまでの課題に目を通し、げんなりしている。
 中王区を中心に他ディビジョンとの会合やら。各々本業があるだろうから一人でもいいから必ず出席しろ、と優勝しようと下郎呼ばわりする中王区のネェちゃんに言われ、一番暇なんだからお前が行きなさいと父親に放り出され、勝ったんだからナゴヤに来いよと思いながら東都へ通っては、聞いた話ともらった資料を丸ごと獄に投げている。
 十四はアーティストとしての活動を買われて広報に駆り出されることが多い。各チームのリーダー、二番手、三番手としてエントリーされたメンバーはどこも役割が似通るらしく、中王区から二番手は一括で広報担当とされていた。リーダーは代表として話し合い、三番手は特定の技能持ちが多いから裏方に。適性を見て多少の変動はあるものの意外と上手く回っている。
 中王区は優勝チームが政権を掌握するのと同義と宣っていたが、ズブの素人達がいきなり一致団結して政治なんぞ出来るわけもない。もっぱら独裁の負債たる下郎差別の撤廃計画を進めては、躓いたりしている。
 なんのかんの言いながら都度の会合の要点をまとめて説明、解決策の提案までしてくれる獄は面倒くさいが面倒見がいい。そんな税金十倍分の還付金の算出にすら、還付なんてレベルか!? と元気にがなって文句を垂れつつもこなした男が、自分の思い出のアルバムの無断開帳には我慢ならぬと吠える気力もなく、髪のセットが崩れるのも忘れて頭を抱え、立派な専用デスクに突っ伏して羞恥に喘ぎ悶える様はなんとも哀れでならなかった。
 たとえどれほどしょっぱく苦く甘酸っぱい記憶を忘れられずにいたとしても、バーカウンターをそなえた弁護士事務所などを構えられるほど成長したのならばいいではないかと思うが、それは決して誇り高い男の慰めにも励ましにもならないのはわかっている。隣でスマホに予定を打ち込んでいた十四が、どんな獄さんもかっこいいっす! と鼓舞するのも、いつもよりだいぶ辛いらしい。
 寂雷とは先週の会合で訪問介護の話をしたついでにちょっと盛り上がっただけで詳細は聞けていないのだが、たぶん、聞かれたくないのはエピソード以上に奇術王ヘブンという名乗りそのものだろう。
「ンな恥ずかしがることかぁ?」
「寝しょんべん垂れてた歳が日本中にバレても痛くも痒くもねえようなやつに共感なんざ求めてねえ」
「誰しも寝しょんべん垂れて一人前になんだろうが。十四だってわけわかんねぇことぶつくさ言ってるが、そこがカッコイイ〜っ人気あんだろ」
「特殊事例を出すな恥知らず」
 存外に繊細なのは知っているが、さすがにカチンとくる物言いに、知らず腹からドスの効いた声が湧き出た。へぇともほぉともつかぬ怒気を孕んだ感嘆と視線を飛ばせば、しまった、と露骨に表情を変えるのが火に油を注ぐ。
 まさに一触即発のその瞬間——
「でも空却さん、恥ずかしいって言ってたっすよね」
「は?」
「……いつのはな、し……」
 空気を読んでぶち壊したのか、空気を読まずにぶち壊したのか。ともあれ、不穏な空気を切り裂くにはかわいらしい声で、自分聞いたっす! と胸を張る姿に記憶が蘇る。
「こいつがいつ恥ずかしいなんて言った?」
「ファイナルDRBで優勝した時っす!」
 自分が感極まって抱きついたら、恥ずかしい、って。
 怪訝な顔をする獄に対し、にこにこと笑いかける十四は、当時は涙でべしょべしょだった。覚えている。忘れるわけもない。言われるまで忘れていたが。
「ああ……優勝直後のか」
「そうっすそうっす! いつもなら泣くな! って叱られるんすけど、あの日は恥ずかしい〜って」
「恥ずかしい、ねえ」
「……なんだよ」
 にこにこと笑う十四に悪意はない。空却さんは恥知らずじゃないっす! と書いてある綺麗な顔が怨めしいが、これを叱ったらばにまにまと嗤う獄に餌をやることになる。
「たしかに。空却、お前ガンガン行くくせに仕掛けられると意外に大人しいもんなあ」
「先手必勝って言うだろ」
「つまり、攻められ慣れてないんだろ?」
「ワンパンで終わる雑魚が多すぎんだ」
「そういうことにしといてやる」
 今は、と小さく付け加えられた言葉は自分にしか聞こえていない。後なんかねぇ、と睨みつけるも、放り投げた書類をこれ見よがしに揺さぶられた。あまりにもわかりやすい、脅しだ。
「それを盾にすんのはずっこいだろ」
「ずるいもんか。かわいいかわいい恋人を完璧にフォローしてる、最高のパートナーだろ? 俺は」
「十四ぃ〜! こういうセクハラは恥知らずじゃねえのかぁ!?」
「え? あ! ごめんなさいっす! なんかいい感じの空気になったあたりから聞いてなかったっす!」
 得意満面のドヤ顔が、それはそれは完璧で最高にイケていたから、せめてもの抵抗で茶化して有耶無耶にしてやる。
 意地の悪い恋人に言っていない今後の予定はシンジュクでの地域医療に関する講演会で、よければ宿代わりに、と神と崇められる名医にお招きをされている。
 ぜひとも出来る限り黙って出掛けて、一泡吹かせてやりたい。せいぜいもやもやするがいい。
 だいたい、誰よりも答えを知っているクセに言わせようとする悪趣味にすらぐらりとくるなんて、絶対の絶対に、言ってなどやらないのだ。

2025/5/22


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