ぐだぐだ生き恥ウェディング

 事務所中に前のめりな足音を響き渡らせる子供の結婚しろ! と言う文句をもう何度聞いただろうか。

「中坊の時からずうっと断り続けてるのにまあだ懲りんのか」
「うるせぇな、だったらさっさと他の相手を捕まえやがれ」
 まっすぐにデスクの前へと迫ってきた子供に、そうしたら拙僧だって諸手をあげて祝福してやる、と言われたら弱る。
 なぜならここ最近ときたら、天国さんはもっと若い子がいいでしょう? などと不名誉な振られ方をするのだ。
 長身で細身の自分によく懐いた美貌の子供は『そういうの』ではない、と言っても、違いますよ、と苦笑され、小柄で派手なおっかないリーダーの方です、と続けられるのを何度くり返したか。
 存外、他人は他人をよく見ていて、自分を慕う子供と恋慕う子供の違いは瞭然らしい。
「……お前のせいで振られてんだがなあ?」
「無敗の弁護士サマがだらしねぇなぁ? 痴情のもつれでおまんま食ってるクセに」
「もつれず終わってんだよ」
「もつれもせず、だろ」
 そうして、だから観念して拙僧と結婚しろ、と宣う。
「で」
「ほい、親父から寺の範疇を越えた相談のご紹介」
 未処理の書類を入れるケースへと差し入れられた封筒の中には、概ね相続や介護、家庭内の問題で法的な対応が必要になった相談事が詰まっている。
 用も無く来るな、と言ってから、きちんと住職と話を詰め、正式な仕事の依頼という用を作って来るようになった。
 空却曰く、前々から考えていた事らしく、息子の成長と檀家の心身の安寧を喜ぶ住職を見てしまったから無碍にも出来ない。
「用は済んだな。じゃあ帰れ」
「獄ンちに?」
「どういう理屈だ」
「まずは同棲からはじめるんだろ?」
「するまでもねえんだよ」
 このどこからどう見てもチンピラじみたクソガキが、骨の髄までお坊さんな生活をしているのは嫌というほど知っている。
 十四のライブの帰り道、打ち上げだのに付き合っていて日付が変わる間際に帰宅した際に、耐えきれず歩きながら寝始めたのだ。
 子供はいつもよりゆったりとした足取りだったけれど、自力で歩いていたから、大きくぐらついてのけ反った瞬間、綺麗に閉じたまぶたがまるで開くそぶりがないのを見るまでは全く気づいていなかった。
 どうにか寺まで送ると、これくらいには床に就いているもので、と住職に申し訳なさそうに頭を下げられたのは記憶に新しい。
「じゃあもう結婚出来んじゃねぇか」
「なんでそんなに結婚したいんだよ!」
「逆に聞くけどよ、獄はなんで拙僧のこと、中坊だから、ガキだから、以外で断ンねーの?」
 それにもうハタチになって法的にもオトナになってやったぞ、と胸を張る子供は、たしかに見てくれだけなら『大人』だ。
 同じような格好をしていても、子供だと思っている——思いたい——のは自分くらいのものだろう。
「振られたからって獄と『家族』なのは変わらねーし、拙僧以外を選んでも祝福してやる……ってずぅっと言ってんのに、なんで獄はちゃんと拙僧を振らねーの?」
 まっすぐこちらの目を射抜く子供の目は変わらず長く鋭い睫毛に武装され、少しばかり幼さの抜けた眼差しの真摯さも変わりはない。
「拙僧が嫌い……違ぇな。拙僧をそういう相手として見れないなら、とっととそう言えよ」
 逃げも隠れも許さない金の目は太陽だ。全てを白日の下に晒し出してしまう。
 答えを出せないまま逡巡する、往生際の悪い大人の腹の内など、お見通しなのだ。
「お前が結婚して下さいって言わねえからだよ」
「ンだよ、やっぱ結婚してーんじゃねぇか」
「しろって言われて結婚したらお前に諾々と従ってるみたいだろうが」
「めんどくせぇなぁ!」
 なんと言われようと譲れないものが人にはある。どれほど他の人間から無駄な抵抗をしていると思われても、屈してはならない時が人にはある。
 憎からず思っているとはいえ、いつものようにやれやれしかたないと結婚など出来るものか。
 毅然とした態度を見せ、決して崩さぬと目で示せば、金色の目が駄々っ子に向けるのと同じきらめき方をする。
 それからすぐ、ふぅ、と小さく息を吐き出して、子供がにぃ、と口を開いた。
「……なぁ、獄。拙僧と比翼連理と謳われようぜ?」
「……お前もたいがいだよな……」
「好いた相手に頭下げて乞い願わそうとする野郎にゃ言われたかねーよ。そんで、返事は?」
「はい、しか言わす気ないだろ……」
 結局、俺が折れるハメになるのは変わらず、過程を全てぶっ飛ばした子供が快哉を叫ぶ。
 当分、やっぱりね、と囁かれるのは想像するだけで我慢ならないから、絶対に我慢しないことにする。

2025/6/4


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