頭も尻も隠してないからびっくりする

 上司で雇用主たる弁護士事務所所長——天国獄の恋人事情は存外わかりやすく、けれども決して相手はわからなかった。
 弁護士で美丈夫という肩書きと外見、こだわりが強いが真面目で面倒見がいいという性格が相手を途切れさせることがなかったが、DRBに出場するとなった頃に一度だけ、ふつりと途切れ、少ししてまた復活した。
 今度の相手はどうやら本命らしい、とは、CMでもよく見る有名結婚雑誌がデスクに置いてあるのを見た者からのタレコミだったが、離婚案件の資料説も出た直後、カップルに人気のジュエリーショップをリストアップしたメモが件の分厚い雑誌の隙間から落ちるのを見た者に否定された。
 仕事に趣味にDRBにと、多忙を極める所長がさらに忙しくなるような予定を作ることに、所員は全員ざわめきながら楽しみにもしていた。
 皆、モデルや俳優、経営者にインフルエンサーと華々しい人々と噂をされた男が結婚を決めた相手が気になってしょうがなかったのだ。
 決定打となったメモの目撃者によると、数日後に何件かの店に予約を入れているらしい。店の名前の横に日時が書いてあり、その日は所長が午後休を取っていたのだ。
 その時間にお店の方に行ったら相手が見れるのではないか、なんて下世話な事を言い出す者もいたが、そこまで決まっている相手ならそのうち紹介される、と止める者により所長とお相手のプライバシーは守られた。
 しかし所長はやはり流石で、自分ならばそんな大事な予定が目前に迫ったら落ち着かないと思うのだが、まるで変わらぬ様子で過ごしていた。
 むしろ変わらないから変だと言う者もいた。喜怒哀楽のはっきりした所長は機嫌の良し悪しもわかりやすい。それが極めて平常なのは、むしろ法廷で求められる時のように自らを律しているのではないか——と。
 そんな風に憶測と推測を重ねながら、ついに当日を迎えるも所長はまるで変わらず、いつもどおりの調子であとは頼んだ、と事務所を出る間際。

「獄!」

 受付から大きな声で所長を呼ぶ——所長の所属するDRBチームのリーダーで、かつて弁護もした——子供がいた。
 なんというタイミングで来るのだ、とその場に居合わせた所員が心を一つにしながら、同時にこの子供なら何か知っているのではないか、何かを話してくれるのではないか、とも期待していた。
 よもやほぼ全員が聞き耳を立てているなどと思わぬまま、所長が闖入者の元へと急ぐ。
 いつもの一悶着がはじまるのか、もしくは稀にあるきちんとした用事か、出来れば前者で何か情報を漏らして欲しい。
 野次馬根性由来の緊張感に満ち満ちた空間で、渦中の男が口を開いた。

「空却……迎えに行くって言っただろ」
「待つのが嫌いだって言ってんだろ。ついでに……ほれ」
「ああ、乾いたのか」
「乾いたのか、じゃねーよ! 事務所用の置き傘なんだろ? ウチに置き去りだと困ンじゃねぇかと思ったんだよ」
「ありがとな、助かった」
「ったく……人には天気予報見ろとかうるせぇのに、てめぇもたいがい不用心じゃねえか」
「置き傘は保険だ。今日は普段使いの傘を持ってる」
「ハイハイ……アマグニセンセは用意周到でいらっしゃいますよ……」

 予想のどちらでもない、と言うべきか、両方、と言うべきか。
 他人のプライベートに踏み込んでみっともない、と、こぼしていた者でさえ、静かに瞠目している。
 頭の整理がつかないまま、歴戦の受付担当者だけが涼しげな顔で二人を見送っていた。



 その後、リーダーが目利きでサプライズプレゼントの協力をするんじゃないか説、そもそもあの雑誌とメモが勘違いだった説が囁かれたが、あつらえたばかりのシルバーリングをつけた所長直々におめでたい報告をされ、その全てが否定されたのだった。

2025/6/11


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