君を例うに足らぬ庭
あるがままの自然を良しとする空厳寺でも、最低限の手入れはする。
育ちすぎて他を弱らせてしまったり、危険な場所へと生えていくものは、寺であって無法地帯ではないから、と適宜伐採をする。
今の時期だと真っ盛りの紫陽花が通り道や案内表示を塞いでしまうから、と一部を刈り取られていた。
捨てたりせず、寺に飾ったり、希望者には渡しもする。DRB参加以降増えた『推し活』での訪問者は『聖地』に咲いていた花をことのほか喜ぶから、住職などはしばらく『推し活』をゆかりの地を巡って現地の草花を採取・記録することだと思っていたくらいだ。
ともあれ、今日も手入れで刈り取られた花はきれいにお持ち帰りいただいている。
切った紫陽花をお持ち帰り用として決めた場所に置いている最中、恋人が差し入れを持って訪ねてきた。
降ったり止んだりですっきりしないから、と仕事の用事ついでにドライブ、さらにそのついでに来たのだという。
すっかり定着した推し活訪問者向け——もちろんそうじゃなくてもいい——花置き場を見て、恋人は渋い顔をする。
「推し活なあ……」
何かが流行ればそこには光と影が生まれ、ポジティブな——光ばかりを取り上げて世間は動く。
一方でいかにも苦言を呈したいという様子でぼやいた男は、強烈な光と対になる影でおまんまを食っている。
人が人である限り、永遠に減らぬ飯の種を男がありがたいと思っているかは知らないが、推し活をするために推しを作ろうとするヤツを我慢ならんとは吠えていた。
「流行り廃りは回りもんってなぁ、そのうち別のぶぅむってのがくんだろ」
「大衆はすうぐ新しいもんに飛びつきやがる」
「獄は懐古趣味だもんな」
「人を老害みたいに言うんじゃねえ。俺は俺の美意識に適うものを新旧問わず取り入れてんだ」
たしかにアンティークだヴィンテージだとうるさい男は、時勢に乗った流行り物にも手を出している。そしてそのこだわりを綴った弁護士と全く関係のない文筆業で小銭を稼いでいるとも。
「んじゃあまぁ、獄の御眼鏡に適った拙僧のことはずうっと愛してくれそうだな」
「誰が冗談でお前みたいな見習い破戒僧と付き合うか」
そこの花とは違うんだよ、と言われて、指さされた先には切りたてほやほやの紫陽花がぽてん、と鎮座していた。
「ずいぶんキザなこと言うのな」
「意味がわかるお前も見かけによらないだろ」
「花言葉マスターアマグニはご存知だろうが、辛抱強い愛って意味もあるからな」
「変な二つ名をつけるな」
不服そうにするものの、口の端と目の奥がまんざらでもなさそうに笑っている。
実際、二ヶ月先の空却の二十歳の誕生日まで二人の交際は秘密だから、今まで全く尻尾をつかませない恋人はまさしく辛抱強く、移り気も浮気も似合わない。
本当は今すぐ抱きついて、キスをしたいのを我慢するのは、恋人の忍耐への敬意だ。
だから変なあだ名くらい、許してほしい。
「ヤァダよ!」
ちなみにこのやりとりの一部だけが目撃されていたらしく、しばらく花言葉マスターアマグニがSNSでバズっていた。
2025/6/12
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