無自覚パニッシャー

 『大人として子供に触れることは出来ない』と恋人は言うが、空却とて出会った頃の中坊ではもはやなく、法律上では『大人』に括られる年齢になった。
 酒と煙草はまだだろう、と言われるが、元より興味のないもので、それだってあと二ヶ月もすれば解禁される。
 ならば残りわずかなゴールラインを少し早めに切ってもいいのではないか。

「抱き合いたい? いつも勝手にくっついてくんだろ」
「そうじゃねンだよなぁ……」

 あっちは座って、こっちは立って。居間のテーブルを挟んで向かい合い、恋人同士と言うには甘みの少ないおしゃべりをしていた。
 くちびるも体も絶対に許してくれないであろう恋人に、妥協点として提案したのはいわゆる『はぐ』だ。
 付き合ってはいるものの『大人として』一線は越えないという恋人との関係は、外野から『距離が近めの仲の良いチームメンバー』としか見られていないし、空却が積極的に動いてくっつかねば『仲の良いチームメンバー』止まりになる。
 弁護士などという社会的立場があり、その信用と信頼を損ねることの出来ない職業の恋人が、自分との関係を慎重に扱うのはわかっていても、理解と納得は違う。
 そのうち公表すると言うから『家族』として触れる——『距離が近め』で許してやっているが、ならば公表しないところは少しくらい、少しくらいは空却の希望を叶えてくれても良いのではないか。

「いつも拙僧からだけだろ? 獄からも拙僧にくっつけって言ってんだよ!」
「あのなぁ……」
「ここはガバガバボロボロのウチの寺と違って、防犯対策警備万全の獄ンちだろ?」
「駄目だ。一回そうやって特例を出すと気が緩んでアレが大丈夫だったからコレも、コレが大丈夫だったからソレもって言い出すんだよ」

 あとたったの二ヶ月だろう、とお決まりのやれやれ顔をする『大人』は、そのたった二ヶ月の長さと重みを忘れてしまっている。
 だいたい抱きつくだけならいつもやっているのをわかっているのだから、自分もちょっと手も伸ばして後ろに回すくらいしてくれたっていいのではないか。

「その二ヶ月後、上手に拙僧のことが抱けるといいなぁ?」
「お前が大人しくしてりゃあ何も問題はねえんだよ」
「いっつも十六歳下のコドモに抱かれてるオトナにぃ? だぁれも見れやしねぇ部屋で二人っきりなのにビビり散らかしてるオトコがぁ? 片腹痛ぇんだよ!」

 くちびるも、体も、知らない。たまさかに触れた肌の感触と服越しの体温しか知らない。
 触れようとする自分がそれしか知らないのに、わざわざ距離を取る恋人なんて自分を何も知らないじゃないか。
 体が全部じゃないなんてわかっていても、過剰なほどの接触への拒否反応はこたえていて、近づくほどにそれが強くなったように感じられる。
 この挑発は意図的な煽りで、宣戦布告で、懇願だ。
 世間一般が謳う恋人のような触れ方でなくていい。自分が普段するようなていどでいいから、恋人から触れてほしかった。

「駄目だ」
「……っなんでだよ……!」
「言ったろ、一回でも特例を許せば二回目三回目がすぐに生まれる。ましてや待つのが嫌いなんて公言するガキの提案にも挑発にも乗る気はねえよ」

 一瞥すらもせずに吐き捨てられた言葉に、息が詰まる。
 あとたった二ヶ月。お互いにここまで待ったのだから、あとほんの少し。
 そうだ、恋人は正しい。正しくても、そのほんの少しが焦れて、苦しいのに。

「——もういい。拙僧が二十歳になっても獄には触らせねぇ」
「は? それは話が違うだろ」
「拙僧は今まで『家族』としてしか獄に触ってねぇ。でも獄はそれでも触れねぇって言うんだろ。『家族』がするようなことも出来ねぇ相手と『恋人』として何すんだよ」

 目を見開き、ひっくり返った声に少しだけ溜飲が下がるが、それだけで許す気にはなれない。
 ちょうど触れられないではなく触れたくないのではないか? という天啓を受けたところだ。
 恋人ではなく、家族、ダチ、と呼ぶ相手にするのと同じようにするから、そうしてほしいと言ったことすら断られたら、一体全体、自分は恋人のなんなのだ。
 今度はこちらが目を反らして背を向ける。先に拒んだのは恋人だ。譲る気はない。

「……お前こそ、どうして家族やらダチやらにするのと同じことを恋人にして、それだけで済むと思ってんだ?」
「は?」
「だから、家族やらダチやらにするみたいに俺に抱きついて、どうして家族やらダチやらみたいな反応が返ってくると思ってんだ?」

 反らした目を思わず恋人へと向けてしまうほど強い怒気を浴びせられ、さっきまでの会話をトレースするような返事をしてしまった。
 でもそうもなる。家族やダチにするのと同じことをして同じ反応をすると思うな、とはどういうことなのか。恋人だからって抱き合うのは抱き合う以上の意味なんてないはずだ。
 さっぱりわからなくて恋人を睨めつけると、そう長くない間を置いて、はあ、とため息をつかれた。

「お前がそんなだから俺は……」
「こっちのセリフだっての。全然わけわかんねぇこと言いやがって」
「……あらためて言うが絶ッ対に、あと二ヶ月間、俺はお前に触らないからな……」
「まぁだわけわかんねぇけど、二ヶ月後には触るってんならもうそれでいいわ」
「だから……お前は本当に……!」

 押し問答の末、面倒臭いの半分、触りたくないわけではないとわかったの半分で良しとしたら、いっそう長く、深く、重たいため息を吐き出したが知ったこっちゃない。そんな辛そうにするくらいならとっとと手を出せばいい。
 頭を抱える恋人をそのままに台所に茶を取りに行くと、戻る頃には疲れ切ってはいたものの、見慣れた顔をしていた。

2025/6/15


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