輪廻独禁法
まず事務所で、次いで寺、最後にライブ会場でそれぞれ誕生日を祝われて、もうすぐ日付も変わるような時間に自宅にたどり着いた。数ヶ所を渡り歩きながらちまちまとケーキだケータリングだとつまみ、酒も軽く飲んだから意外と腹はくちくなっている。
家までのエスコートを買って出た恋人は、見た目に反して早寝早起きの規則正しい生活をしているからか、帰り道はえらく眠たげで、途中からこちらが手を引いたり身体を支えたりしていた。むずがる赤子のようにシワの寄った眉間は、睡魔との戦いの証だ。
ここ最近、誕生日のルーティンは少し順番が変わったり別日に行われたりするものの、ほぼ同じ。〆がライブだとどうしても撤収だ打ち上げだで長くなるから、予定を聞いた時点わかっていたものの、いざそうなってみると少し惜しい。誕生日という大義名分は恋人を独り占めしやすく、またそれが許される日なのだ。
ベッドでは本格的に眠ってしまうが、安全に船を漕がせたい——恋人を寝かしつけてやれない我儘を誕生日特権で強行突破し、リビングのソファに座らせる。
「んぅ……ここ、ひとやんち……?」
「そうだよ。なあにが拙僧が家まで導いてやる、だ」
「……せっそぉンおかげで、よりみちしねぇでかえれたろ」
「こんな時間にやってんのはコンビニくれえのもんだよ」
もとより恋人が寝ていようがいまいが、寄り道などしない。むしろ恋人が覚醒している時の方が余計な寄り道が多い。寝落ち寸前でも無茶苦茶な物言いはさすがだ。
「んで……ひとやくんは、せっそぉをねかしたくねぇんだ?」
「言い出しっぺなのにエスコートしてくれなかっただろ? 完全に寝落ちる前に穴埋めしてくれよ」
「……ったく、ひとやくんはあまえたでしょうがねぇの……」
ソファに沈むようにして腰掛けていた恋人が大義そうに身を起こすと、先ほどよりは浅く座った状態でこちらへと両手を伸ばす。
顔は眠たげなまま、けれどもいっそう寝顔に近い、険が無く年齢より幼く見える微笑みは、力強く得意げだ。
「かぞくじゃなくて、こいびととしていわってやる」
誕生日会場めぐりをし続けた一日で、恋人からのボディタッチがなかったわけではない。いつもどおりに背後から抱きついたり、ハイタッチにグータッチ、ケーキを食うたびにあーんをされた。
恋人——空却が二十歳になるのを機に交際を正式に発表し、もはや身近どころかインターネット検索でも即ヒットする情報を知らぬものはいない。信じない者がいるだけで。
信じない者の言い分は『家族』のまますぎる——要するに俺達の雰囲気が変わらな過ぎるのが原因なのだが、俺は人前でイチャつく趣味はないし、空却以前の恋人とも公私混同はしていない。
空却は空却で元々の距離が近過ぎて、交際を正式発表するまでは媒体を問わない熱愛報道で誌面の穴埋めに使われていた。
最初は事務所で対策を練るか相談したものの、巻き込まれ被害者——主にDRB参加者——から、杜撰な記事を信じているのは元から要注意人物しかいないのでかまわないと言われて放置され、ファンからは波羅夷空却距離近バグ写真として歓迎されていた。
それだけに交際発表の時にはそこ!? とずいぶん盛り上がり、シブヤのギャンブラーに儲けさせてもらったぜ! と汚い札束の御祝儀を手渡された。
空却は俺と付き合っていると言っているか言っていないかだけで、俺にも他人にも接し方は変わっていない。
熱愛報道から浮気・不倫報道に変わっただけで、それを信じる者がほとんどいないのすら変わらない。
今更、お互いも、周囲も、変わりようがないのだ。
「どした、ひとや」
「ん、ああ……ちょっと考えごとだ」
「せっそぅのほうようをまえにかんがえごとたぁ、いいごみぶんだ」
「未来の空厳寺住職様の恋人は徳が高い、良い御身分だろ?」
「ばぁか……そんでえらいのはせっそぉで、ひとやじゃあねぇよ……」
こんな風に軽口を叩き合うのも、恋人になる前から変わらない。
広げられた腕の中におもむろに入り込んで、日に日に逞しくなっていく背中に腕を回すと、こちらの背にも同じようにされた。
ほとんど眠りに落ちる寸前の空却はいつもよりもさらにあたたかく、うっかりするとつられて眠りそうになる。
人前では今も昔もこれからも決してすることのない、穏やかでゆるやかな抱擁は恋人としてのもので、これもずっと変わらない。
「あいしてるぜ、ひとや」
愛を告げる甘い声が、共に力を込められた熱い腕が、心地良いと感じるようになったのはいつからか。じわじわと速くなる心音に愛おしさと高ぶりを感じるようになったのは。
何も変わっていないわけではない。たまたまわかりやすく表に出てこないだけで、変わらない——当たり前になった日々を思うと途方もない幸福に満たされる。
誰にもわかってもらう必要なんてない。信じられなくともかまわない。競争相手なんぞ少なければ少ないほどいい。
そうして、どんな馬鹿にも空却が変わったとわかる頃には、俺の隣にいるのが当たり前になっている。
「俺もだよ、空却」
我ながらおそろしく甘ったるい声が出たくちびるを落ちかけた白いまぶたに重ねると、顎髭をなぞるようにくちづけられた。
このやわらかさが今日も変わらず自分だけのものである——至上の幸福を噛み締めて、今度はくちびるにくちづけた。
2025/6/29
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