君と臨む永遠
後継予定の寺の檀家に孫か子供のように可愛がられる空却はしょっちゅう貢物をもらっている。
菓子を筆頭に服だの小物だのを「空ちゃんだから」と渡されては、懐におさめたり、持て余すからと返したり、自分はいらぬと他人に押しつけるのを檀家も嬉しそうに見ているのだ。
それでいいのか? と思わないこともないが、貢いだ檀家自身が良しとしているのに口を出すのも野暮だろう。
そして今日も今日とて空却はなんぞかを貢がれたらしい。
「で」
「檀家のババアが面白いものが手に入ったのよぉ〜って」
「檀家さんがお前に貢ぐ流れは言われんでもわかる。そうじゃなくて、これはなんだって言ってんだよ」
ぜひ空ちゃんに食べてほしいのぉ〜、としなを作りカン高い声を上げる——似ているのかもわからない物真似を横目に、皿の上の白い塊を凝視する。
てろんとした白い塊——刺身? は普段なら羊羹のような茶菓子のために使われる薄い陶器の皿に数切ればかり載せられていた。
是非来い絶対来い、と珍しく熱烈に誘われたから、いそいそと仕事帰りに寺へと寄ったのに、挨拶もそこそこに客間に通され、はてなだらけのままこの皿を突き出されたのだ。
隣で楽しそうにきらきらと目を輝かせる顔はかわいいが、一体全体、この馬のたてがみに似た謎の物体はなんなのか。
「食えばわかる!」
「本当かあ……?」
「かもしんねぇ!」
「……待て、本当に食っていいもんか……?」
まぁいいから食え、と箸と醤油を差し出され、刺身ではある、らしい……ことはわかった。
出来ればこんな得体の知れないものを食いたくはない。が、何かにつけて尊大な空却が珍しく下手に出て来てほしいとねだってきたのだ。今も隣できらめく眼差しには邪悪なたくらみは感じられない。
非常に貴重な空却——恋人の仕草へのときめきが、未知の食材に抱く恐怖を上回った。
意を決して箸を持ち、謎の物体に醤油を垂らす。ふるえを抑えて掴んだ塊は思うよりは軽く、けれどもしっかりとした質量があった。あるていどの厚みはあるが噛みちぎるほどの大きさはないそれを放り込むように口に運ぶ。
臭みはないがくせもない、わずかに魚とわかる風味以外はなんともとらえどころのない刺身は、特段美味くも不味くもない。咀嚼が難しいわけでもないそれは、三口もすればこなごなになり、そのままひっかかりもなく飲み込めてしまった。
「なんだこれ……?」
「なんだと思う」
「魚、だとは思うが……」
「人魚だよ」
「に……」
んぎょ、と言いながら箸を落とした。
ぼと、と畳に転げた塗り箸は黒地に銀箔が散らされたもので、空却と十四も色違いを持っている。
寺で使う用にとプレゼントされた箸が視界の端できらめく残像にくらりとしていると、恋人の目が妖しく細められた。
「獄も知ってるだろ、八尾比丘尼」
「そりゃ知ってるが……待てよ……冗談だろ」
「なんだよ、拙僧と永遠を生きたくねぇの?」
落とした箸を拾い、外見からは想像もつかないほど美しい指捌きで人魚の肉を摘む。
真っ白な身にじわじわと広がる醤油の黒さに総毛立ち、反射的に恋人の手を叩き落としていた。
「拙僧とじゃ永遠は生きらんねぇって?」
「誰だろうとごめんだね。俺には我慢ならないもんが二つある。一つ、特定の年齢になったからと騒ぐやつ。二つ、俺をそういうやつらと同じだと思うやつだ」
八尾比丘尼——人魚の肉を食って不老不死になった女の伝説。
いつまでも若く、美しく、尽きない生命は、権力や財を極めた者が太古より欲する夢だ。
老いと死への忌避と恐怖がないと言ったら嘘になる。けれどもそんなものに怯えて生きる方がよほどダサい。
一度しかない生を悔いなく全力で生きて死ぬ——それは隣で痛そうに手をさする恋人とて同じだと思っていたのに。
ひどく裏切られた気持ちになって、俯き、さすっていた手で箸を拾い上げる恋人の作務衣の襟を掴んで引き上げる。
「俺を舐めてるのか怖気づいたのか知らねえが、つまんねえもんを食わすんじゃねえ」
「おっかねぇのベンゴシセンセ。安心しろよ、ただの魚の肉だって」
「当たり前だ馬鹿」
ぱ、と手を離すと釣り上げていた恋人がすとん、と畳に着地して、ふふ、と愉快そうに笑い出した。
「拙僧に不老不死にされたことと、拙僧が不老不死になったこと、どっちにキレたんだよ」
「両方に決まってんだろ。事前に言われてもお断りだがな」
「もしも拙僧が生まれつき不老不死で、獄に一緒に永遠を生きてほしいって言ったら?」
「……即決は出来ねえな……」
「ヒャハ! 嘘でも絶対不老不死になるって言わねぇのなぁ」
乱れた襟を直し、箸を持ち直した恋人は、綺麗な所作で弾き飛ばされた刺身を掬うと、そのまま口に突っ込んだ。
三秒ルールはとうに過ぎたそれを音もなく咀嚼し、ごくりと飲み下す。
「そういうとこが好きだぜ、ダーリン。ちなみにこれ、マンボウの肉な」
残りはやる、と言うのを丁重に断ると、犬歯を閃かせてけたけたと笑われた。
2025/7/1
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