怖気を震うほど甘く

 空却の恋人は気遣いが出来る。
 面倒見の良さであったり、組織の長であったり、存外に繊細であったりするのもあるだろうが、そうされてきたのもあるのだろう、とも思う。
 そんなわけで今日のおやつは恋人——獄の差し入れである。

 玄関先で皆さんで、と父親に渡したものとは別に、自分達で食べるように、と渡されたものを受け取り、逢い引き部屋と揶揄される客間へと向かう。
 茶色いビニール袋の中、軽いような重たいような、微妙な質量の詰まった白い紙箱が鎮座しているのを護送する。小洒落た横文字とマークは見覚えがあるようなないような。
 この小洒落具合はおそらく洋菓子であろうという推測だけを立て、からりと襖を開けた。
 客間はいつもどおり。畳に座布団、座卓に夏場だから冷たい茶とグラスの載った盆が備えられ、あとはもう手土産をつつきながら楽しくお喋りをするだけだ。
 定番の位置——向かい合うよう——に自然と着席して、さて、と紙箱を開く。
「鳥」
「もっと言い方があるだろうが」
 そうは言われても、二人分、二つの菓子が入った箱を開くと、鳥がいたのだ。正確には鳥を模した菓子だが、鳥は鳥だ。
 わらびのようにくるりと丸まった長い首と嘴の下、ぽってりとした胴体から伸びた羽。薄茶色のそれらの隙間からふっくらとした真っ白いクリームが覗く。
 なんともまぁ愛らしく、美味そうな白鳥だ。
「獄がこんなん買ってくんの珍しいな」
「俺だって別のもんを買うつもりだったよ」
 本当は父親達に渡したようなゼリーを買うつもりだったのだ、と語る顔はやれやれ、と言いたげだが、こういう時の顔は満更でもない、という意味もある。店員に何を言われたんだか。
「なんだよ、ゼリーが売り切れたか?」
「このスワンシューはカップル限定ペアセットなんだと」
「ん? 一人で買えんのか?」
「ペアリングを見せて惚気たら買えた」
「……それ、ヤベーやつと思われたんじゃねぇのか?」
「お前との記念写真も見せた」
「酒飲んでねぇよな?」
「知ってるか? ほとんどの『ヤベーやつ』は素面なんだよ」
 よくよく見れば白鳥の端っこにはそれぞれハートのチョコがついていて、尖った嘴を合わせ、ハートマークを描くように箱の中におさまっている。
 一体全体、どんな恐ろしい惚気方をしたのか。どこの店なのか聞かないと迂闊に道を歩けない。
「つうか、なんでそんな急に浮かれてんだよ」
「……店員さんがな、B.A.Tの方ですよね、って言ったんだよ」
「おう……?」
「それで、Evil Monkのファンなんです、って言われてな」
「おとなげねぇなぁ!?」
 前言撤回、二度と道を歩けなくなる前に恋人をどうにかしなければならない。特段隠しているわけではないが、そんなあからさまに見せつけるようなのは、ましてや凛気でなど小っ恥ずかしいというものだ。
 思わず噛みつくも、恋人はしれっとした顔で受け流す。
「何言ってんだ、付き合う前に散々、俺のことを拙僧のカレシだって言いふらしてんだから今更だろ」
 その分をこれから返していく、とえらく悪い顔で笑いかけられ、かつてのやらかしが頭を巡る。
 どこからどう見てもピカピカの中坊に牽制された妙齢の人々の顔は、おおむね微笑ましいものを見る目であったが、恋人にとってはさぞかし我慢ならなかったであろう。
「これから先、一生お返ししてやるから覚悟しな」
 悪辣に歪んだ口角と目に怖い怖い、とぼやく。目の前にあるのは可愛らしいシュークリームなのだが、もちろんどこぞの饅頭と同じである。

2025/7/19


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