はじけてのこるほんとうを

 二十歳を半ば過ぎ、あれだけ無駄な抵抗をした三十路男が惑わなくなって数年。冷房にあたってなお熱いほど飲んだ男が、もにゃもにゃとくだをまいていた。
「お前には、もっと……良い相手が、いる……」
「まぁたソレかよ」
 琥珀の薄まったグラスを取り上げて、だいぶ気の抜けたコーラを押しつけると、む、と顔をしかめてそっぽを向く。
 男——獄が好きなアーティストのライブ配信がやると言って、当然のように酒と肴をテーブルに、二人掛けソファの隣に空却をセットしたから、コーラ片手に付き合っていたのに、一体全体どうしてこうなったのか。
 とっくにライブは終わったものの、最後の一曲を聞いてから飲んでいたはずの酒に飲まれてしまった。ああ、と悩ましげに呻いたと思えば、祈るようにこうべを垂れ、下げた頭を抱えると、懺悔するように喘いだ。
「お前には俺よりも良い相手がいる」と。

「たとえば誰だよ、獄より良い相手ってのは」
「そんなの、やまほどいるだろ……」
「もっと年齢が近いだの、もっと気が合うだの、並んだときにお似合いだの、そーいうつまんねぇ理由は除けよ」
「世間一般は、そーいうのが大事なんだよ」
 二十歳過ぎてもわかっていない、と鼻を鳴らされても、互いの左手のペアリングが誇らしげに輝くから、何を言ってんだかとしか思えない。惑わぬはずの四十路男が酒に酔って漏らす悔恨は、すっかり指に馴染んだ小さな銀色の輪っかを否定しようとしては失敗し続けている。
 獄との年齢差は永遠に縮まらず、考え方も趣味も噛み合わない。己といえば、いまだに年配の檀家からは幼い頃の面影が色濃い、いつまでも子供のようだ、と目を細められ、恋人は不断の努力で築き上げた若々しさを褒め称えられながら、深みを増した男ぶりを密やかに謳われる。
 十六の歳月は埋まらず、二人並んでも比翼連理になど見えないのも変わらない。ならば世間様から見た御大事など、如何程の価値があるものか。
 獄がこんな悪い飲み方をするようになったのはここ数年で、ほとんどはすやすやと船を漕ぐが、たまさかにこういう甘えたな絡み方をする。さんざ抵抗したのに、結局、空却を手中におさめてしまった後悔と、それ以上のよろこびを、ずるい男は試すように口にするのだ。
「有象無象が何を囀ったって関係ねぇよ。拙僧には、獄より良い相手なんざいやしねぇ」
 だから空却も、好いた男の甘えたに応えてやる。
 普段は自信満々に俺が好きだろう、という顔をする男が、本当はひどく確かな言葉と仕草を求めているのを知っているのと、欲しがったものを与えた時、それはそれは可愛らしい顔をするのを知っているからだ。
 そうしてお決まりの愛を告げれば、満足そうにどうだか、などと生意気なことを呟いて、ただの甘ったるい汁になったコーラを飲み下した。
「あ、間接キス」
 特に深い意味はない思いつきはしかし、ご機嫌な恋人にちょうどよく刺さったらしい。
 いつものかっこうつけの失せただらしのないくちびるが自分のものに重なって、間接ではないキスをした。

2025/7/29


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