性春リバイバル

 高校生の頃から天国獄には我慢ならないものが二つあって、一つは異性のみてくれを上から目線で採点するやつ、二つがそのくせ自分自身を磨こうとはしないやつだった。
 だから教室で週刊誌のグラビアを広げて、この子の胸がいい、俺は尻がいい、やっぱり顔が一番、だのの会話に辟易していて、同じようにそういう話題に眉を顰める神宮寺寂雷と二人で小難しい話に興じていた。
 強いて言うならスタイルのいい人が好きだった天国獄は、無理矢理に吐かされた末にむっつりだなんだと揶揄されて、また我慢ならないものを並べ立てた。
 興味のない話題に無理矢理巻き込むやつ、巻き込んだ上に吊し上げるやつ——そう言って友人達への怒り心頭に発する天国獄を制したのは神宮寺寂雷で、それでまた嵐が起きたのは割愛する。
 天国獄の言うスタイルがいい、というのは天性のボディラインへのフェチズムなどではない。鍛えられ均整の取れた肉体や歪まず真っ直ぐ伸びた姿勢を維持し、成長させる心根といった、己の身を十全に使いこなすために磨き抜かれた心身そのものを指している。
 それを熱弁する様に、神宮寺寂雷以外がひどく面倒くさそうにしながらも憎みきれない友人達が謝罪して、その件はおさまった。

 青臭く甘酸っぱい思い出から二十年ほど経ち、天国獄はひどく動揺していた。
 恋人——空却宛に寺に届いたダンボール箱に、大量に水着が入っていたのだ。競技スポーツタイプから股間部分にネタが仕込まれたジョークデザインまで——ピンキリという言葉が相応しいラインナップは、クーコーサイズが余ったから、とシブヤのデザイナーから送りつけられたものだった。
 天国獄は当然とばかりに片付けに呼びつけられ、同じように呼び出されたはずのチーム最年少の不在に首を傾げると、アイツは絶対絶対! 外せないリハだと、と固有名詞もなく言い捨てられた。つまり本日の横暴の被害者は天国獄一人ということになる。もれるため息を隠さず、暴君にならってそこそこの大きさの箱の横に座り込んだ。
 お手本とばかりに、空却が拙僧は使わねぇんだが、と言いながら、水着を引っ張り出しては広げ、たたみ直す。デザインの参考にしただけで着用してはいないらしいが、さすがの空却も身につけるのは躊躇うと見える。
「捨てるか?」
「いんや、もったいねぇから寄付するわ」
「直接肌に触れるもんだろ……」
「着てねぇなら気にしないってやつは案外いるんだぜ、育ち盛りのガキの服で頭が痛ぇなんざよくある話だろ」
 拙僧もよく服をボロボロにしたからお下がりのお世話になった、となんでもないように語る粗野な恋人は、地域密着型お坊さんでもあると思い知らされる。己の浅慮を反省し、改めてたたみ直しに付き合うことにした。
 本当にサイズだけでまとめられた箱の中身は女性ものも混ざっていて、DRB参加者の中でも一際小柄で細い送り主ならば着るだろうが空却は……とおかしなことを考えてすぐにやめる。
 空却も大柄な参加者が多い中では小柄な方だが、決して細くも中性的でもない。顔立ちは年齢よりも幼く見える瞬間もあるが、男であることは疑いようもない。身体だってオーバーサイズの服に隠れているが、しっかりと筋肉がつき、みっしりとした重みがある。
 ……その小柄ながらも鍛えられた肉体に、官能的な艶めきを与えてしまったのは天国獄なのだが、空却の身体はだらしなく緩むこともなく、甘く匂い立ちながらも逞しいという相反するような魅力を着実に育てていた。
 たまたま掴んだ可愛らしいフリルのワンピースタイプの水着に惑わされるな、こんなものは恋人が着たらはち切れてしまう、と言い聞かせ、たたむ。次に掴んだのが前に恋人にプレゼントしたのとよく似たパーカータイプのラッシュガードで、そうだ、こういうのが似合う、とひとりごちる。
 なぜ俺はこんなことを——と気が遠くなりかけたその時、恋人がヒャハ! とひきつれた笑い声を上げた。
 沸点が低くも高くもないが妙なツボを持っている空却は、予想外のハマり方をするとヒィヒィとひきつれた悲鳴じみた声で笑う。よほど面白かったのか、顔を押さえて丸まり、原因となったらしい水着を掲げていた。
 見ろ、とばかりに握られたそれはふるえる拳の中でぐしゃぐしゃになっていて、全容がわからない。あの一癖も二癖もあるシブヤディビジョンのリーダーが仕込んだのだからジョークアイテムだろうか。
 ともかく拳を突いて開かせると、手のひらにぱさ、と予想以上に軽い、さらりとした布地が落下する。
 あまりの軽さに首を傾げながら摘んで持ち上げ、そして後悔した。
「見たかよ……その紐……」
 こちらの凍りついた反応で察したのか、空却が苦しげに笑いながら白い紐——正確にはほとんど紐のような水着——への感想を求めてくる。
 乳首と股間だけに申し訳程度の三角形がほどこされた紐——水着は、面白くもなんともない。それどころか頭と胃が痛い。
「そんなん、拙僧が着たら……キッツイだろ……!」
 痛む頭と胃にとどめをさす空却の声に、このまま倒れるか消えるかしたい、と切に願うが叶うわけもなく、あいまいにああ、と上擦った声を上げる。
 平坦な調子でなかったのが空却と同じようにひきつった笑いをしていると思わせたのか、またヒィヒィと笑い出した恋人を尻目に、天国獄はひどく動揺していた。
 白い紐のような、乳首と股間だけをわずかに隠すだけの水着を、恋人が身につけるのを想像して、悪くない、と思ってしまったのだ。
 元の鍛錬を重ねられた頑健な肉体のままならば空却の言うとおり滑稽にも感じたかもしれないが、今や恋人の身体は色気と艶を纏い、どうしようもなく欲をかき立てるものに変わっている。一緒に笑ってやりたいのに、頭の中で思い描く紐水着を身につけた恋人はひたすらに官能を煽るばかりで、てんで笑えやしない。
 今さらこんな、ガキみたいに乳だの尻だので興奮するなんて——
 送り主がこちらの事情をどれだけ知っているかはわからないが、どうあれ最悪なのは同じだ。楽しそうに笑い続ける恋人にバレないように悪態をつき、そっと、紐水着を懐にしまい込んだ。

2025/7/5


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