そらいろバイエル

 空厳寺は基本的に賑やかで、住職とその馬鹿息子の追いかけっこや説教が名物となっている。それ以外にも馬鹿息子が寺でラップバトルをする、ライブ会場にしようとする等々で五百年続く由緒正しい厳かな雰囲気を破壊することに余念がない。
 今日はどんなBGMで出迎えられるか、と思いながら訪ねると、聞き慣れぬ、けれども絶対に知っている音色が聞こえてきた。
 寺の奥の居住区域から、一つ一つの音を確認するように弾かれるそれに耳をすませ、道を進む。
 やがて通い慣れた通路の先、見慣れた庭先の背の高い木の影で、件の馬鹿息子がひどく懐かしい楽器を抱えているのが見えた。
「ピアニカか?」
 吹き口を咥えたまま、空気を含んでにぶく響く音階をなぞって返事をされる。かたわらには黄色いケースが転がり、パイプは見当たらない。
 しげしげと眺めていると、ぷ、と吹き口を離して、こいつは、と経緯を語り出した。
「ビニールプール出すついでに押し入れひっくり返してなぁ。さすがに拙僧が小学生の頃のもんはいらねぇかって」
「うちはまだありそうだな……。今度確認するか」
「元気なうちにやるといーぞ。昨日ちょうど実家の片付けの最中に熱中症になった愚痴を聞かされた」
「やんなきゃいけねぇのはわかってんだがなあ……」
 有難いことに両親は健在で、今のところ大病の気配もない。連絡は定期的にしているが、忙しいだろう、こちらは大丈夫だ、という言葉に甘えてしまう。決して面倒くさがって後回しにしているわけではないが、天国家にとって実家の片付けは別の意味も孕む。
 たとえば自分のピアニカの色は青で、全く同じものがもう一台ある。間違わないようにシールを貼って、学年が上がると子供っぽく見えて剥がしてしまった——そんなところまで同じものが二台ある。
 そして、そういうものがピアニカ以外にもたくさんあって、獄も、両親も、それらをまだ上手に片付けられないでいる。
「唐揚げ揚げんのも、鉄打つのも、最適な温度になるまで待てってな。そのうち自然と片付くだろうよ」
「わけのわからんことを言うな」
「ヒャハ! 重てェもんがあるなら手伝ってやっから、言えよ」
 返事を待たずに吹かれたピアニカから、ぷぴー、と気の抜けた音がして、思わず吹き出してしまう。
 とっくのとうに一等重たいものを一緒に抱えてくれているとは思えないほど、軽く、調子ハズレで、懐かしい。
 見上げた空の強烈な日差しが目に刺さった。

2025/7/6


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