かたわら、またたく宇宙を

 お互いに社会人であると予定を合わせるのは難しい。
 以前ならば空却が職場兼自宅の寺を脱走し、こちらの職場へ襲撃することで結果的に毎日会っている——という時期もあった。
 けれども二十歳もいくらか過ぎた恋人は、今のお前ならば、と父親でもある住職から要職を任せられることが増え、すっかり寺に篭り切りになってしまったのだ。
 空却だけでなく十四もすっかり来訪の頻度を落とし、来るとなっても事前の連絡をし、落ち着いた態度で受付に名乗るようになった。そんなことをしなくても顔パスだ、と言ったら、緊急事態にはそうするっす、と大人びた顔で笑われた。
 めでたいことで、いつか来る日ではあったが、日をおかずに事務所に押しかけていたヤンチャなクソガキ共がいなくなると、これほど静かなものだったのかと思わされる。
 約束などしなくとも会いに来てくれた日々を、失ってから恋しがるなんて格好がつかない。せめてもの意地で、静かな事務所のデスクで寂しいとはおくびにも出さず、メッセージアプリで予定を詰めた。

 そうして久方ぶりの逢瀬。
 週頭の夜を希望され、首を傾げながら寺へ向かう。
 せっかくだからどこかで食事でも、と誘ったのだが、絶対に寺に来い、と最近では珍しく固持されたのだ。
 そう、もう二十歳も半ば近いのだから、と、かつてのように過剰に見せつけるのではなく、隣にいるのが当たり前に振る舞うようになった。
 ふとした瞬間の所作が美しく洗練された空却に、自分だけでなく周囲も目を奪われるのが誇らしく、焦ったい。今更欲しがっても髪の一筋だって譲るものか。
 だからこそ、みっともない独占欲を向けても綺麗にいなすようになった恋人の子供返りはかわいらしく、のこのこと寺まで足を運んだのだ。

 寺から居住区へ。夏といえどさすがに暗い夜道を、わずかな灯りだけで危なげなく歩けるようになったのはいつからか。
 ざ、と砂利石を蹴る音に反応する気配が近づくと、ぼんやりとした光と人影が見えてきた。
「よぉ獄、早かったな」
 たどり着いた庭先には燕脂色の浴衣を着た恋人が提灯を持って立っていた。広大な寺を見回る時に使われるそれは懐中電灯と併用されていて、主に寺の雰囲気を味わってもらうためのものだ。
 たしかに、やわらかな炎の揺らめきと広がりは眩しく直線的な人工物には決して出せない。いついかなる時も新雪のごとき肌をほんのりと紅をはいたように見せる灯りが、浴衣も相まって緑豊かな庭に彩りと艶めきを添えてくれる。
「浴衣で待ってるって教えてくれたらもっと早く来てたよ」
「どんな拙僧でもトップスピードで会いに来いっての」
 口調は変わらなくとも声とリアクションは抑えられ、笑顔も口元と目尻をあわくゆるめるにとどまる。
「拙僧ばっか見てんなよ? 本日の主役はこっちだぜ」
 そんなに凝視したつもりはなかったが、くすぐったそうに目を細める表情からするとどうやら嘘ではないらしい。
 照れ隠しを誤魔化すように、す、と空へと伸びた指の先を追うと、星が瞬いていた。
「本日七月七日は七夕……獄、忘れてんだろ」
 満天の、というには足りないものの、街灯もなく、居住区からの灯りも控えめにされた庭で眺める星は、十分なほどきらきらと輝いている。
 恋人の浴衣も提灯もこのため、と思うと、年甲斐もなくきゅん、と、ときめいてしまう。
「……そういうセリフはなあ、主役より控えめに装ってから言うもんだ」
 結局、星空もそこそこに隣の空却を見つめていると、ばぁか、と昔のように破顔した。

2025/7/7


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