斜め上、明々後日にいる恋人よ
獄宅での逢瀬はイコールでキス以上を想定している。寺は集団共同生活の場で、外部の施設は獄が嫌がるからだ。
だからか、だとしてもか、久々の自宅の逢瀬で、空却に当分セックスをしない、と言われても獄は動じない。ちなみにこの場合のセックスは尻への挿入をする性行為である。
見習い扱いとはいえ僧侶である空却は一般的なイメージとは違っても社会人で、そういう意味では獄と同じなのだ。
互いに忙しい時期があればしばらく会えないなどと連絡することもあるし、体調なり何なりでセックスどころではない時もある。
……たまに全て無視して呼び出されることもあるが、『恋人』としての要請は——獄は構わないのだが——かかったことがない。
そもそも親しくなるほどに距離が近くなる空却がしなやかな身体を獄へと寄り添わせ、絡みつくだけでも獄は十分満足であったし、空却も獄が抱き寄せ、一回り大きな手で撫でたりさすったりしてくれるからと嬉しそうにする。
セックスは抜群に気持ち良いが、事前事後最中の負担が双方にかかる。実は互いに手だけ、口で、とかの方が頻度としては多い。
「そうか」
「つうか、キス以外はしねぇ」
「……そうか」
ただ、キスしかしないとなると話はだいぶ変わってくる。さしもの獄も返事に一拍ほどの間が空いた。
挿入しなくともとは言ったものの、長らくのプラトニック交際を経て、ようやく愛で、育てられた空却の身体とその反応を一切合切断ち切られるのは獄には辛い。
この前だって、生命そのもののような熱を抱き締めながら眠る幸福にただひたろうとしたのに、セックスを覚えたての子供のように、そういえば最後にシタ時は上から覆い被さってたな、と思い出したらもうダメだった。
獄よりも体格のいいプロの戦闘員を容易く薙ぎ払う空却が、獄の逸物に貫かれているとはいえ、消え入りそうなかわいらしい声でなきながらされるがままに揺さぶられていたのだ。
快感を堪えきれず、くにゃりとした目尻から溢れた雫と額から落ちた汗の混ざったものがひどく清らかに感じられて、ちゅ、と吸い取ってやるだけで逸物をきゅぅぅ、と締めつけたのだ。
人生は旅路、ならば恥などいくらでもかけばいいとばかりに突き進む空却に、触れるだけのくちづけにも種付を強請る身体のいやらしさをそっと囁いて教えてやれば、言葉を失くして全身をほてらせ、きゅん、きゅぅん……といっそう強く締めつけると甘く達してしまったのだ。
それがかわいくてかわいくて、また……そんな風に思い返すと短く少ない夜の逢瀬をみっともないくらい貪りつくしている自覚があるだけに、キスしかしない、と言われた理由を追求するのが恐ろしい。
きっと自制を求められている。大人として、ではなく、より経験値のある年長者の恋人として、がっつかずにエスコートをするのを求められている……。
「その……悪かった。空却の都合も考えずに」
「いんや? 拙僧の都合に獄を巻き込んでんだろ」
「だが、その……」
「獄は悪くねぇよ。なんつうんだ……セックスしてる時の自分が気持ち悪いっつうか恥ずかしいっつうか……だからそうならないようにするから待ってほしい」
そう言いながら凛々しく笑われて、獄は頭を抱えた。
このみてくれだけならば極上の恋人は、そのみてくれを今生だけの上っ面としか思っていないから、とんでもないことをしでかす。
「……具体的に、何をどうするんだ……?」
「決まってんだろ、ケツの修行すんだよ。まず獄がくれたろーたー? ずっとケツに入れて、慣れたらでぃるど? に変える。そしたらケツに獄のナニが入っても変な声とか出したりしなくなるだろ?」
……それは拡張とか開発とか野外羞恥プレイとか言うんだよ!
とは、とてもとても言えなかった。
我を忘れるほどの快感を己の未熟と嫌悪し恥じる恋人の清廉さに水をさすようなことはとても。
「……尻にモノ突っ込んで抜けなくなって、病院送りになった症例が毎年山ほどあるの……知ってるか?」
だからせめて、元医学部の人間として、現名医の友人として、尻は存外優秀で繊細な臓器であるから荒療治はやめてほしい、と切々と訴えた。
ついでにどうにも退かない恋人への譲歩と下心で、セックスをしない代わりに自分の監督下でその修行をするのを提案したら、それいいな! と即決即断され、獄がさらに頭を抱えるハメになるのは小一時間後のことである。
2025/8/24
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