溺れる者は真を掴む
空却と肉体関係があると知られるとだいたい下世話な視線に晒されるが、弁護士という肩書きは本当に便利で、答えたくない質問にはにっこりと微笑むとだいたい黙ってくれる。
恋人とのあれやこれやをどうして見ず知らずの人間の好奇心を満たすために話さなくてはならないのか。世の中にはそういうのを話して聞いてもらうのが好きな人間もいるかもしれないが、少なくとも獄はそうではない。
むしろ恋人の、それも獄以外は誰も知らないという恋人の、全てを手中におさめているのに、何故それを他人にも開帳しなくてはならないのか。
知らなくていい。勝手に想像して勝手に盛り上がってほしい。何を言われたところで真実は獄だけのものなのだから。
「アイツら、弁護士のオッサン、セックス上手ぇの? とか言いやがったんだぜ?」
灼空さんの事があってから随分と大人しくなった空却が派手に喧嘩——と言っても口のみだが——をしていた、と檀家ネットワークから報告を受けて寺に行くと、だってよぉ、とぶうたれた顔でそう言われた。
門前の掃除をしているのは恐らく罰として言いつけられたのだろう。時折、箒を掃く手を止めて、ひっくり返ってのたうつ蝉を元に戻して人通りの多い道から避けてやっている。
ナゴヤの不良のだいたいは空却に逆らわないが、逆らわないだけだ。半ば舎弟と化しているのもいるが、虎視眈々と失脚を狙う者もいる。
決して一枚岩ではない不良共をよくまとめているとは思うが、何を話しているのかこいつは。
「言いたかないがよくある煽り文句だろ……」
「手は出してねぇ」
「口は出したんだろ?」
じじ、と蝉が鳴いた。
ごろんと転げ、じたばたと足を蠢かすのを見つけると、す、と屈む。あぁまたやりやがって、と何度でもひっくり返るのを直してやる指は、上手いこと胴体を掴んで素早く地に足をつけてやる。
「おい」
「……拙僧は、獄としかシタことねーし、上手いも下手もわからん。でもよぉ、好きなヤツとスルのが気持ち良くないわけねぇだろ?」
じぃぃぃ、とか細く鳴くのを誘導しながらの返事は、獄へのものなのか、不良にしたものなのか。
よたよたと進む夏の風物詩へ向けられた横顔が赤いのは、最高記録の更新をやめない気温のせいなのか。
開けっ広げな恋人の真実は衆目の知るところになるだろうが、それは空却だけのものではないから良しとしよう。
2025/8/28
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