宝箱より胸か指に
ナゴヤ全域へ最大警戒レベルの災害警報が鳴り響くや否や、山へと飛び出した空却がようやく帰ってきた。
灼空さんが持たせた雨合羽が無ければもっとひどいありさまだったろうという、見事な濡れ鼠っぷりでも怪我はなく、ほっと胸を撫で下ろす。
買い物困難地域は避難するもしないも一苦労で、国も見てくれてはいるが行き届かないのが現状だ。
「番犬がいねぇって探すのに時間食っただけで、後は問題ねぇ。そんなやばそうな感じはしなかったけど、何があるかわかんねぇしな」
「お疲れさん」
空却に任せておけばいい、と引き止められて寺を避難所として開放する準備を手伝っていた獄も、ようやく一息ついたところだった。
赤ん坊の頃から現在まで、自身を孫か子のように慈しんでくれる人々のため、こういう時に空却は許される限り真っ先に飛び出していく。
「……犬をしまえ猫をしまえ……、か」
「んだそりゃ」
玄関先で雨合羽を脱いだものの、脱水前の洗濯物のような有様だから、その場で服を軽く絞ってから脱ぎをくり返し、都度タオルを被せたり包んだりしていた。
さすがに下着は、と抵抗するのを無視して引きずり下ろせば、しぶしぶ足を上げたから引き抜いて、またタオルを巻く。
「台風の時の標語だよ。外に出してる大事なもんをしまえっつうな」
「違ぇねぇ、探すの大変だったぜ」
「全くだ」
そうして全身タオル巻きになった空却が、上り框に座ろうとするのをそのまま捕まえる。
一瞬の隙と勢いでいわゆる姫抱き状態にした後、急いで用意していた風呂場へと運び込んだ。
「へ……な!?」
さしもの空却も絶句して、されるがままになっていたが、馬鹿、とがなる頃には風呂場には到着してしまっていた。
「いっきなり何すんだ!」
「俺は俺の大事なもんをしまってるだけだ」
風呂場の見慣れたタイルの上、ぐしゃりと崩れた姫抱きのまま、腕の中で抗議をする空却を抱き締める。
いつもなら夏か太陽か生命そのもののように熱い肌が、こんなに近くで触れ合ってもまだ冷たい。
風呂の力を借りるのは癪だが、タオルの巻かれた身体は動きにくいのかいつもより大人しく、じわじわとあたたかさを取り戻してきた。
「拙僧は、大事なとこに、大事なもん、全部しまってってるから、絶対帰って来てんだろ……」
「たまには連れてってくれ。しまわれっぱなしは性に合わん」
無抵抗な身体をぎゅうぎゅうと抱き締めると、だいぶ肌馴染みのある体温を取り戻して、頭を覆うタオルの隙間から覗く額や頬にも赤みがさしている。
まだ少し白いくちびるをねだれば、首を伸ばしてちゅ、とくちづけてくれた。
「……拙僧に着いてこれたら、いいぜ」
「そんなのいつものことだろうが」
願わくば出来るだけ長く、この背を追い、隣を並んで歩めるように——決意を込めてくちづけを返せば、重ねたくちびるは赤く熱く、艶めいていた。
2025/9/5
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