聖処女騙り

 天国獄という男は職業柄どうしても世情に詳しくならざるを得なかった。
 もちろん本人の気質として流行をおさえたいだとか、知らないことがあるのが我慢ならないだとかもあったけれど、人の懊悩と罪科は世情と切り離せない。
 なので自宅の戸を開けた瞬間の恋人の姿に、数多無数の言葉が生まれては消えたのも、当然であったり人情であったりした。

「お、おかえり獄」
 邪魔してんぞ、と笑う恋人——空却が着ているのは、いつもの作務衣でもなければ部屋着として獄宅に置いているものでもない。
 相対的に小柄に見えるだけの空却をしても、半袖膝丈ワンピースに見えてしまう白いTシャツ。それは獄が通販サイトで買い物をしたら誤配された上、互いに返品処理が面倒だろうから差し上げますと半ば押しつけられたものだった。
 すっかり忘れていたが、獄が捨てようとしたらさらっぴんなのに勿体ねぇと空却が懐におさめたのだ。
 なんの飾りもプリントもないただただ大きな白Tシャツを愉快そうに引っ張りながら、こーいう寝巻きがあったろう、なぐ……ねぐりじぇ……とか言うの、と、空却が檀家さんから聞いたであろう知識を披露する。
 空却が一瞬殴ろうとしたのは、彼シャツ、だぼだぼ、チラリズム、白シャツ透け、というオーバーサイズの衣服を纏った空却に対して、恋人として抱く当然の不埒な感情が一気に噴き上がったのを敏感に察知したからかも知れない。
「有効活用してもらえて何よりだ」
 ほどよく薄手でよく伸び、ボディラインに沿うような着こなしを見つめすぎないように、上から下までを素早く、けれども焼きつけるようになぞる。
 早々にふっくらと浮き上がった点が二つあったけれども、凝視したら負けだ。視線に気づいたクソガキが、嬉しそうに獄を助平だなんだと揶揄するのが想像に難くない。
 健康的で逞しいのに、まだまだ育ち切らない細さもある身体は、薄布一枚なくした状態でも何度となく見てきた。皮膚の下どころではない、腹の奥深くまで知っているのに目で追ってしまうのは、隠されているからこそなのか。
 獄の魅力的な恋人の悩ましいところは、この状況のどこからどこまでが意図的に張られた罠か、妙な浮世離れをした坊主らしさなのかわからないところだ。
 前者ならばかかったとばかりに嘲笑われ、後者ならば何言ってんだと呆れられる。最後にはかわいらしく甘えられ、甘やかされるとわかっていても、どちらも大変に我慢ならないのは変わらないから避けたかった。
「彼シャツねぐりじぇは趣味じゃねえか?」
「やっぱりわざとか!」
 潔い恋人の種明かしで、胸元がばっくり開いていて服に着られている感があるのも、肌の中でも桃色の濃い部分がほんのり透けて見えるのも、狙ってやっていると確定した。
「このクソガキ……っ」
「そう言うわりにはすっげぇ見るじゃねえか」
「わざわざ俺に見せようとしてんなら見ない方が失礼だろ」
 さっと流すだけだった全身をじっくりと眺める。
 やはり俺のためにお膳立てされた彼シャツねぐりじぇは悪くない。というかかなりいい。
 見事なボディラインを清楚に際立たせるだけでなく、シャツの白さで空却の肌のやわらかさや甘さを引き立てるのだ。
「もういいだろ」
「なんでだ。俺のために着たんだろ?」
「そりゃそうだけどよぉ……」
 あまりにも堪能しすぎたのか退屈してしまったらしい。腕を組んで眉を顰めて軽く睨まれた。こちらとしてはまだ楽しみたいのだが——。
「……拙僧は脱がしてもらうために着たんだよ」
 あと五秒、数え終わるまで待ってやる、と踏ん反り返るのは待つのが嫌いな恋人なりの慈悲だろう。
 恭しく傅いて手を取れば、そこまでやれとは言ってねぇ、と犬歯をきらめかせて微笑んだ。

2025/9/19


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