相討接吻テイスティー
前ぶれもなく、恋人にキスを拒まれたことはあるか。
それもいつもは自分から積極的に迫り、強請り、煽る恋人に、だ。
飛地の祝日で妙な詰まり方をしていた仕事が終わり、帰って来たら恋人——空却が待っていたのが疲れた心の琴線に触れ、玄関で出迎えてくれた空却のくちびるを奪おうとした——瞬間、
「ダメだ!」
それはもう強く、力一杯に胸を押して遠ざけられた。
疲れた心はいつもよりも弱く、脆くなっていて、ひどく傷ついた顔をしていたのだろう。
「ごめん……」
と、珍しく殊勝に謝られたが、結局、キスは許してくれなかった。
そんな大変気まずい空気の中、先陣を切った空却に続いて玄関からリビングへと移動する。
だいぶ涼しくなったもののまだ少し蒸し暑く、エアコンをつけているらしい冷たい空気にいくらか気を持ち直した。
無言で空却がキッチンへと向かうのを尾けるようだと思いながら、水出しコーヒーを入れるべく冷蔵庫へと手を伸ばすと、近くのゴミ箱から特徴的な匂いが香った。
「……チキン?」
心身への疲労で失せた食欲がわずかに首をもたげる香ばしさと見慣れたパッケージは、おそらく空却の夕飯だろう。元気なクソガキは見かけを裏切らず、揚げた鶏肉があればそれで良いという小学生みたいなことを言ってはばからない。
時間と天気予報のためだけに流していたテレビのCMで、期間限定商品の紹介をしていたのを思い出す。パンチの強そうなフレーバーは空却が好きそうだと思ったのも。
……ふと、よぎった考えをそんなわけがない、と否定して、もしかしたら、と否定を否定する。
問うても答えてくれそうにはない答え合わせをすべく、ぐびぐびと冷やした緑茶を飲む空却のくちびるがグラスから離れた瞬間、隙だらけのそこをかっ攫った。
「いつもひとやのこと、たばこくせぇっていってんだろ? なのにせっそうがにんにくくせぇんじゃしまらねぇ」
だからべつにきすがしたくなくなったわけじゃねぇ、と述べる空却の口からは爽やかで少し甘いミントと緑茶、奥へと踏み入るごとにニンニク黒胡椒が香った。
その匂いが美味くて、舌を散々にねぶったら玄関での再現とばかりに胸を押されたが、なぜだかずっと弱々しくて簡単に押さえ込めてしまった。
鼻が全ての香りに慣れた頃、ようやく解放した空却はすっかり舌足らずで、ふうん、へえ、と相槌を打ちながら口角が悪い角度に上がっていく。
「怪我と病気以外なら気にするな」
「……なんかすんげぇくっせぇもんくってからしてやっから、かくごしとけよ」
「そこまでして俺とキスしたいとは光栄だな」
ちょうしにのるな、と今度は空却からくちびるが寄せられた。
ただし、向かった先は鼻で、それもがぶりと歯を立てられたのだけれども。
2025/9/27
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