馬鹿になったら踊るのだ

 クリスマスなんてやったことねぇ、と、街を飾るきらびやかなイルミネーションを見つめる制服姿の子供は言った。

「親父に聞いたら、他所様の救世主様の御誕生日だから拙僧らには関係ねぇって。
 でもよぉ、学校で誕生日祝いなんだろって言ったら知らなかった〜とか驚きやがる。
 クリスマスだって騒いでるヤツらは何をそんな盛り上がってんだ?」
「……どこから話してやったらいいんだろうなあ……」

 仕事帰り、商店街でたまたま遭遇した師走を体現する見習い坊主の子供は、年末年始の寺の予定を告知するチラシを町内会の案内板、役所の窓口、新聞社、檀家の皆様へと忙しく配って回った帰りだそうで、夏でも焼けぬ白い肌が、夏とは違う理由で赤くほてっている。
 陽が落ちるのが早ければ、気温が下がるのも早い。吐く息の白さが頬と鼻先の赤さを際立たせた。
「言っちまえば、敬虔な信者の皆様以外は誰も誕生日なんざ祝ってねえんだよ。異国の年末のお祭りで一年の締め括りにちょうどいい……くらいのもんだ」
「んだよ、拙僧はどいつもこいつもクリスマスはパーティだデートだってうるせぇから、花祭りもイケんじゃねえかと思ったのに」
「やってるとこもあるかも知れないが、お前の所は親父さんが許さないだろ……」
「あのクソ親父、岩より固ぇ頭してっからなぁ……しっかし誕生日の宴会はわかるけど。デートはよくわかんねぇなぁ……」
 自分か相手の誕生日ならともかく、まるで知らない他人の誕生日にデートなんざして盛り上がるのか?
 そもデートをしたことがないからデート自体が楽しいのかがわからねぇが、と首を傾げる子供は、そういえばまだ義務教育範囲内——ピカピカの中学生で、黙っていれば整った顔立ちだが、不良そのものの言動で近寄り難いのだろう。
 もっとも外見も言動を全てを裏切って、この子供は仏道に邁進しているのだが。
「年末のお祭りだって言ったろ? 本当の意味なんざわからなくたってこんだけお膳立てされりゃ勝手に盛り上がるんだよ」
「経験者は語るってか?」
「デート未経験のガキにゃわからんだろうよ」
 互いに、は、へ、と鼻で笑い合いながら、赤や緑、白——いわゆるクリスマスカラー一色の風景を見渡す。
 隣の子供は髪だけが赤く、見慣れた制服は黒い。燃えるような髪だけならば浮かれた街に混じりそうなのだが、黒い上下がそれを拒む。
「敬虔な信者以外ならお前だけだよ、他所の救世主様の誕生日を思ってんのは」
「よせよ、拙僧は坊主だぜ? それに獄の話聞いてたらクリスマスデートってのをしたくなってきたなぁ……」
 デート未経験者に教えてくれよ、とそれはそれは悪い——まさに坊主とは思い難い——顔で嗤う子供が、鞄を持たぬ腕へと絡みつき、ぎゅ、と身を寄せる。
「クリスマスってのはデケェ鳥肉食うんだろ? 拙僧、食ってみてぇなぁ〜……」
「やめろクソガキ! そこのコンビニで買ってやるから離れろ!」
「え〜拙僧はぁ、あっちの髭のおっさんの店のがいいなぁ〜」
「わかった。わかったから離れろ……」
 パーティ用の各種チキンセットの予約受付ポスターが貼られた店へと方向転換しながら腕を揺さぶるも、しがみついて離れない。
 派手なみてくれの子供はただでさえ目立つ上、ここらへんでは有名人だ。
 ちらちらとこちらを見る通行人の視線が刺さって、勘弁してくれ、とため息をつくと、きょとん、と目を丸めて、大変に外聞の悪いことを言い放った。
「デートって、こーいうことすんじゃねぇの?」

 その直後のすさまじく居た堪れない空気を当時の自分はどうやり過ごしたのか——
「全く覚えてねえなあ……っていうのを、クリスマスになると思い出すんだよ」
「たかだか五年前くらいだろ? 惚けるには早ぇぞ」
「誰のせいだと思ってんだ……」
 これから受け取るチキンは因縁ある髭のおっさんの店のものではなく、街も店もイルミネーションも変わったけれど、何の因果か悪戯か、隣にはあの日と同じ子供がいる。
 なんで他人の誕生日にデートするんだよ、なんて言ったことを忘れたかのように、腕ではなく、指先を絡めて。

2025/12/20


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