このまま果てまで

 派手派手しい恋人が成人式に選んだのは古式ゆかしい紋付袴で、それはそれは深く、黒く、染め抜かれている。
 空厳寺の一室で自ら着付けを済ませた空却は、目を合わせるまでおそろしく静謐なおももちで、得意気に胸を張るまでは常よりも大人びて見えていた。
 すんなりと伸びる首元の白さが際立つのがそそる反面、剥き出しの肌に見ているこちらの背がふるえる。
 いくつか候補として用意した中から、ふわふわとしたフェイクファーの襟巻きを渡そうとすると同じように黒い——けれどもほんの少しだけ薄い墨色のストールを指さされた。
 鮮やかな赤毛は毛の先々まで艶めき、凛とした金の瞳は冷たく澄んだ空気に負けぬ輝きを放つ。数日前に降り積もった雪か、はたまた花開きはじめた白梅かと口を滑らせかけた白皙のかんばせには、たしかにそれ以上の色彩など蛇足であったのだが。
「お前はもっとド派手な柄を選ぶと思ってたんだが……」
「拙僧もそうしようと思ったんだがなぁ」
 普段の服装に加えて、乱数に一郎とお揃いのスッゴイやつ作ったげるよん! とオンラインリーダー会議——という名目の駄弁り会——で提案されたと聞いていたから、てっきりそうなると思っていたのもある。
 同い年の親友と一生に一度の記念日を共に迎えて祝い合うというのは、自分自身の記憶にもある思い出だ。
 もちろん、自分とはまた違う意味で空却の『特別』である男に全く何も思わないわけではないが、流石に、というか今更、おとなげない嫉妬などする気はない。
「親父がせっかくだから一着は良い正装ってのを持ってた方がいいっつうし、獄みてぇに考えてるヤツらの度肝も抜けんだろ?」
「見るからに良いモンだと思ったが……灼空さんも奮発したな。空却、お前絶対、暴れるなよ?」
「おんなじこと、目玉飛び出そうな値札見せられながら耳のタコが酢蛸になるまで言われてんだよ」
 ちゃあんと大人しくして、そういう意味でも度肝抜いてやるよ、と笑う顔はいつもの悪童丸出しでまるで説得力がない。
 畳の上で軽快なステップを踏んではしゃぐ子供は、本当に——法的にはとっくにそうだが——大人になるのか?
「なんだよ、拙僧の晴れ姿だぞ。もっと喜びやがれ!」
「素直に喜べるように振る舞ってくれたらな」
 黙って大人しくしていればそれでいいから——と続けようとした口はしかし、急に羽織を脱がれたことで塞がれてしまった。
「な、」
 何をしている——と続けようとした口もまた、その羽織をばっ、と裏返されて塞がれる。
 眼前に広がったのは目の覚めるような純白で、裏地くらいは遊んでいると思っていたのすら裏切られた。
 驚きと同時に頭をよぎる予感に、どく、と心臓が脈を打つ。
「表と裏だが……獄の色だろ?」
「ああ……」
「……そんでもって、結婚式では裏地は白って決まってんだろ?」
 目玉が飛び出るほど上等な羽織をしっかりと握って掲げるのに、どうしようもなく笑いが込み上げて、ああ、だとか、バカ、だとか、言うつもりではない言葉が止まらない。
「拙僧が大人になって、嬉しいだろ?」
「ガキみてぇなツラ、しやがって」
 どうにか出来た返事は、みっともないくらいおとなげなく、はしゃいだ声をしていた。

2026/1/17


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