幸福に降伏を

 天国獄にとってバレンタインのチョコレートは貰うものであった。
 子供の頃から母親以外からも貰い続け、学生になってからはさらに増えた。今もライバル視している友人に渡してほしいと言われる事も増えたが、ともかくバレンタインのチョコレートは貰うものだったのだ。

「唐揚げだのコーラだの駄菓子だのを喜ぶクソガキ舌にデパ地下の来日ショコラティエ限定品をやるのをどう思う……」
「空却さん、意外と舌が肥えてるから普通に喜ぶと思うっすよ」
「誰とは言ってないだろ……」
「その条件が当てはまって獄さんがクソガキって呼ぶの、空却さんくらいしかいないっすよ」
 ぐ、と喉を詰まらせながら、目をそらす。
 神様にも等しい恩人が、事務所にアポ無しで訪れた自分を邪険にするポーズをせずに招き入れてくれた実に珍しいその日は、明日にバレンタインデーを控えていた。
 かくいう十四も当日はバレンタインライブがあるからと、前倒しで評判の良いウィスキーボンボンを家族チョコとして渡しに来たのだが、差し出したパッケージにひどく複雑そうな顔をして礼を言われたと思ったら相談がはじまった。
「そんな気合い入れなくても空却さんならなんでも喜んでくれるっすよ? さっき渡しに行ったら自分みたいにフライングの人がけっこういたんすけど、すっごく嬉しそうにしてくれたっす!」
 両手を紙袋だのエコバッグだので塞がれながらも笑顔を絶やさず感謝を述べる空却に、追加で菓子をねじ込む人が出るほどの盛況ぶりは、当日を想像してゾッとしたものの、わからなくもない、と思わされる。
 小さな一粒チョコもブランドの大箱も、等しく有り難いと目を細める表情がいつもより無邪気で幼くて、もっとあげたくなってしまう。
 そもそもデパ地下の来日ショコラティエの限定品なんてたいそうなうたい文句より、獄が選んで贈ってくれたことを空却は尊んでくれるはずだ。
 わかっているだろうに、と念押しを兼ねた後押しはしかし、ごう、といっそう強い火をつけてしまった。
「……そんなことはわかってんだ……」
「え、じゃあ——」
「だから! 俺が贈ったから以外の理由でも一番にならないと意味がないだろ……!?」
 それは知らない。
 喉からほとんど出かかった言葉を飲み込んで、そうっすかあ〜と適当な——この場合はほどよい——相槌を打てた自分を十四は褒めたかった。

 昨年から付き合いだした獄と空却は、二人してバレンタインのチョコレートは貰うもので、特に異国文化にあまり明るくない空却は獄にチョコレートをあげるなど全く考えが及ばなかったのだ。
 モテの証明のごとくチョコレートを貰い続けてきた獄は、恋人がチョコレートをくれないというのがいたく衝撃だったそうで、今年生まれて初めてバレンタインにチョコレートを贈ることにしたのだという。
 なんでもチョコレートを強請るのが癪だから、素晴らしく良いチョコレートを贈れば負けじとチョコレートを寄越すようになるのではないか……という作戦らしい。
 自らも煽るが煽られもする空却ならあり得なくもないそれを盤石にすべく、明日のために確保されたチョコレートのリストを渡される。
 この中から最適解を選ぶ、と凄む眼差しと声音に、たぶん、おそらく、絶対、それでも——『獄が選んで贈ってくれた』ことに優る肩書きのチョコレートは存在しないっすよ……とは十四には口が裂けても言えなかった。
 獄には言うなよ、と甘やかに微笑んだ師匠と約束したから、全く同じことを明日、獄が痛感するだろうことも。

2026/2/14


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