キスへと至る大義名分
バレンタインデーの恩恵を受けた人間は、ホワイトデーでその恩恵を返さねばならない。それも二倍か三倍で。
「今年もすげぇのなぁ」
「そっちも似たようなもんだろ?」
「まーな。檀家様と住所がわかるヤツ以外は寺に来いって告知してっけど、顔とか覚えてねぇからほぼ参拝者全員に渡してんな」
獄の事務所の会議室を使ってホワイトデーのお返しを準備する光景は、年々増加するバレンタインデーにもらう量に比例して凄まじさも増している。発送をお願いした分を除いてこの有様らしいから、さぞいい客なんだろう、とひとりごちた。
空厳寺も似たり寄ったりの状況ではあるが、スーパーで買った袋菓子を詰め合わせているのと、見るからに洒落た菓子屋のホワイトデーセットではかかっている金が違う。
屋号の印刷された小さな水色の紙袋には、綺麗な狐色の丸く分厚いクッキーが筒状のケースに鎮座している。ナッツが散りばめられたそれらに食欲をそそられていると、ほれ、と色違いの紙袋を投げ渡された。
薄い紫の紙袋はチームカラーを意識して選んだのだろう。少し離れた場所にもう一つ同じものがある。きっと十四の分で、水色の袋と同じクッキーが覗いていた。
ありがと、と礼をして、ちょうど小腹も空いたしと袋の中へと手を伸ばす、も——
「飴かよ!」
「はっはっはっ」
件のクッキーが入っていると思った袋はしかし、色とりどりの包装紙に包まれた飴がぎっしと詰まっていた。
飴が嫌いなわけではないが、クッキーの方が食いでがある。なにより今まさに美味そうに見えたものを食いたいに決まっている。
してやったりとばかりににやつく獄をひと睨みして、小洒落すぎて一目で何味かわからない飴を一つ、口の中に放り込む。
空却の好みを熟知した獄の返礼品がハズれるわけがない。細々したことを我慢ならぬとがなるだけあって、周囲への目端もよく利くのだ。
ところがまた予想を裏切られた。
口に入ったものが想像よりもずっとやわらかかったのだ。
そうして首を傾げる間もなく、舌の上でじわりと溶けだした香ばしい甘みを転がしながら得意満面の獄を再度睨めつける。
「飴じゃねぇ……!?」
「キャンディとキャラメルのセットだ。美味いだろ?」
「美味ぇけどよぉ……」
クッキーと同じく砕いたナッツの入ったキャラメルはたしかに美味い。飴だってきっと美味いはずだ。ただやはり微妙に腹が減っているからクッキーが食べたかった。
隠さぬ不満に対して、今度会う時にクッキーをやるから、と獄が苦笑する。
それは嬉しい、が。未だ空却の腑に落ちないのは、飴とキャラメルとクッキーなら、空却がクッキーを選ぶと獄にわからぬはずがない——ということだった。
かろかろ、こりこり、と舌を踊らせながら小さくなるキャラメルを舐め、ぽろぽろとこぼれるナッツを噛み砕く。
そう長くはない考え事は、眉間へと不意に落とされたくちびるで幕引きとなった。
「急になんだよ」
「俺は恋人におっかねえ顔をさせるためにプレゼントしたわけじゃないんだよ」
「ンな顔してねーだろ」
「納得いかねえってツラしてただろ」
「そりゃな」
だって拙僧ならクッキーだろ?
そう、なんとなく言えずにいたことを告げれば、今度は獄がおっかない顔をした。
「……そうだな、お前が知るわけないもんな……」
ため息と共にぼそりと吐き出された言葉は無礼な気もしたが、おそらく、飴とキャラメルに何らか意味があったのだろう。同様にクッキーにも何か意味があって、そのせいで今日は空却にクッキーを渡せない——のはわかった。
美味ければなんだっていいとは思うのだが、贈る側の獄——恋人——はそうではない。知っているからこそ流すことのできないそれは一種のまじないで、軽んじたならば禍根を残す。
何より、膨大に積み上がり広げられた菓子達の中、たった一つだけ中身の違うプレゼントが意味することなんて、考えなくたってわかる。
繊細な格好つけの恋人の真似をして険しい眉間にくちびるを寄せると、まだ少しふてくされた顔をするから、次はくちびるへと重ねれば、ようやく御機嫌になった。
2026/3/14
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