かけどもかけどもきえぬもの
夜な夜な酒で体を温めようなんざしゃらくせえと、朝早くから寺での雪合戦に引きずり込まれ、最初は応戦したものの野生動物じみたクソガキとはどうしたって雪中での経験値が違う。体力はどっこい、コントロールはこちらに分があるが、下手な鉄砲もなんとやらだ。
十四は頑張っているが喧嘩慣れした空却の剣幕に押されがちで、休憩がてら作っている雪だるまや雪うさぎに当てられて怒気をあらわにしたものの、ヒートアップしていた空却を喜ばせるだけだった。イイ顔出来んじゃねぇか! と悪鬼羅刹さながらに目を爛々とさせて、いっそう速度も鋭さも上がる。
こうなった空却は巻いたゼンマイが終わるまで止まらない玩具と同じだ。ヒャハハハ……と凍てつくほど澄んだ空気を切り裂いて高らかに響く哄笑に深く白いため息をついた瞬間、雪玉と思えぬ鋭い球が頬をかすめた。
「チッ……外れた」
「なあに舌打ちしてやがるこのクソガキ!」
「戦だって言ったろ! 縮こまってボケッとしてるヤツなんざ当てて下さいって言ってンのと同じなんだよ!」
そして顔面へと放たれた豪速球は漫画のように綺麗にキマり、真っ白になった視界の端に鮮やかな赤毛が映った気が、する。
結局、顔を真っ赤にして汗みどろの雪玉射出マシンと化した空却は、灼空さんに頭を叩かれてようやく大人しくなった。
昔はテレビとか叩いて直してたって聞いたっすけど、本当なんすね! とはしゃぐ十四の脛にキツい一撃食らわせながら、灼空さんと喧嘩を続ける空却はまだまだ元気そうだ。
後始末を言いつけられ、ぶうたれながらもシャベルを担ぎ、ざかざかと雪の塊をわきへと避けていく。
十四と共に手伝おうとシャベルを借りると、終わったら風呂と飯があるからな、と微笑まれた。
同じように鋭い犬歯がきらめいているのに、まるで印象が違うのは纏う雰囲気のやわらかさか。
二人きりの時はもっともっとやわく、まろい。真珠色の頑健な犬歯が舐めたら甘いと錯覚するほどに。
寺でするにはいささか不埒な記憶を呼び起こされ、この後に低いながらもあり得る可能性に思いを馳せていると、雪合戦の最中にも劣らぬ大きな声で呼びかけられた。
「ンで獄ァ! 体はあったまったかよ」
「おかげさまで。お前ほどじゃあないが汗だくだよ」
風呂と食事の間に服は乾かさせてもらおう。後片付けで完全にトドメを刺された服を着たら風邪を引きかねない。
獄の家と同様に、十四と通い詰めた寺には二人の宿泊用のアイテムが一式置いてある。だからこそ安心して汗みどろになれた。
「んじゃ、今日は酒飲まなくていいな」
「あのなあ……今は暑くてしょうがなくても寝るまでに何時間あると思ってんだよ」
「じゃあまた動きゃいいだろ? 毎晩毎晩飲み過ぎなんだっつーの! 今日は飲むな!」
「ええ……っ、毎晩はちょっと……心配になるっす……」
いつものこと、とマイペースに雪を除けていた十四が『毎晩』に眉をしかめる。
バンドマンもなかなかに飲酒率が高いらしく、未成年だから飲まない、と断る十四だけが素面で、自分は絶対ああいう飲み方はしないっす……と決意を固めていた。
「俺は泥酔して電車にギターを忘れたり、家の前の植え込みに頭を突っ込んで寝たりするような飲み方はしていない……!」
「でも、空却さんが止めるような飲み方してるんすよね……?」
「そーだそーだ。もっと言ったれ十四」
酒を嗜まぬ子供二人からのじとりとした視線が突き刺さる。
責めるような、問いただすような眼差しの奥にあるのは、純然たる気遣いだから無碍にしにくい。
飲まぬからわからぬのだ、と言っても、酒に対する興味が最低限だろうから逆効果なのが目に見える。
残念ながら、豊かな味わいを宿すアルコールのもたらす幸福な酩酊の悦びを知らぬ二つの眼にここは譲るしかない。
「わかったよ……今日は飲まない」
「このまま一週間くらい禁酒しろよ。寒波を言い訳に飲みまくったろ? ぐでんぐでんに酔っ払わなきゃいいってもんじゃねーぞ」
「寒かったっすもんね。でもやっぱり毎晩は良くないっす! 自分も飲まないっすから飲んでる人の介抱したりするっすけど、けっこう大変なんすからね!」
未成年に酔っ払いの面倒を見させるな——と言いかけて、自分が同じことをしているのだと突きつけられて、う、と喉奥で呻く。
だがしかし、そんな足元もおぼつかないような飲み方はしていない。ほんの少し気分が高揚して、体が熱を帯び、心地良い眠気に身を任せてベッドへと潜り込むのに空却の手を煩わせてはいないはずだ。
水を飲むように促され、トイレに行くかと聞かれ、肩を貸され、手を引かれたりなんてみっともないことになったのは過去の数回きり。
ここ最近はそれぞれ酒と茶で晩酌をして、そのまま一緒にベッドに入って——
「……だからか?」
「あ?」
頭に浮かんだ都合のいい憶測の答え合わせに、胡乱なものを見る目をした恋人をじい、と見つめる。
昨日も天然あんかの恋人を抱えて眠りについた。
風呂上がりで染みついた白檀の香りが上書きされ、自分と同じ匂いがするのにおとなげない満足感を得て、自分とは違う腹から熱を生むような身体を背後から抱き締めると、気づけば目蓋が落ちている。
綺麗なうなじにくちづけながら逃げようとする身体を捕まえてまさぐれば、うう、と喉奥で色艶を噛み殺した声を上げた。
いつもそうだ。酒臭いと言うから後ろから抱いているのに、じたじたと暴れるのがかわいくなくて、かわいくてたまらない。
そうしている内に首をもたげたいたずら心で、寒い、あたためてほしい、冷えるから逃げるな、と熱くなった耳にささやけば、観念して腕の中におさまってくれる。
甘えたな声でおねだりすれば、惚れた弱味で恋人がだいたいなんでも許してしまうのを知った上での悪用だ。
……これを、酒を飲んだ日はほぼ必ず。時にはそれ以上の日もあった。
もしかしたら、もしかするだろう想像に目尻と口角がだらしなく下がっていく。
「獄さん……?」
「なんだよ急に黙りこくって……気持ち悪ぃ」
首を傾げた十四はもちろん、自然と眉間のシワを深くした空却もこちらの腹の内に気づいていない。
「いや、さっさと終わらせようと思っただけだ。体を動かせばあたたまるのを再確認したからな」
「お! わかってきたじゃねえか。健全な肉体は健全な精神が作るってなぁ。どんどん酒断ちしやがれ」
「空却さんは極端なんすよ……。自分はほどほどならいいと思うっすよ?」
酒の味も楽しみも知らない子供がきゃっきゃと笑い合う雪景色が日の光できらきらときらめく。
何故だか——否、理由は嫌というほど知っているが——その輝きが妙にまぶしくて目を細めた。
今夜、素面のままで同じことをしたらどうなるのか。
どれほど雪を片そうとも、湧き上がる煩悩は溶けて消えてはくれなかった。
2026/1/28
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