ガラスの靴は売約済
「うっわ! お前の手、冷てぇのな」
お前の手が馬鹿みたいに熱いんだと言いかけた口を閉じて、妙齢の女性の手を引く恋人をじい、と見つめる。
一回り小さな恋人は女性の平均身長よりは一回りていどは大きい。
だから足がもつれた女性の手を掴み、いささか荒々しくも派手な転倒を防いでみせた恋人は、整った顔立ちもあいまって『ヤンキー系王子様』のように見えたことだろう。
青褪めていた顔はすっかり紅潮し、衝撃に跳ねたであろう心臓の鼓動は容易く甘い勘違いをしてしまう。
気遣いもそこそこに放たれた、手を握っていることを意識させる大声は評価がわかれそうだが、今回は悪くなかったらしい。
ほんとだ、あったかい、などと漏らす声は、最初に上げた悲鳴の力強さよりもずいぶんと可愛らしく潜められている。
この二人だけを切り抜けば少女漫画のはじまりを思わせる光景なのだが、残念ながら『ヤンキー系王子様』は俺の恋人で、俺とデートの真っ最中なのだ。
「空却」
「いけね。こういうのってせくはら? になんだろ?」
ぱ、と離された手を名残惜しそうに見つめるのはなり損なったヒロインだけで、一瞬だけのヒーローの手は軽く差し出していた俺の手と迷わずに繋がれる。
「身の丈と靴は己に合ったものにせよってな。あんま無理して洒落たモン履くとまた転ぶぜ」
言うことは言ったとばかりにこちらに向き直る恋人の背に、呆然とした視線が注がれるのに気づいているのは俺と野次馬だけで、綺麗な金色の目には俺しか映っていない。
もちろん、繋いだ手のあたたかさを知っているのも。
2026/1/31
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