クローゼットの奥には愛がある
諸説あるがエイプリル・フールは嘘ならなんでもいいわけでなく、笑って許せるような嘘ならばついていい日である。
なので労働に勤しむ獄を憐れんで愉快な嘘をつきにきたガキどもの行いはエイプリル・フールとしては正しい。
ただ、正しいからといって何をしてもいいわけではない。
夜。苦情と罪状を告げに訪ねた由緒正しい寺——の居住区——の玄関先で、すまなそうに眉を下げていた住職が一瞬で眉をつり上げて愚息の名を叫ぶ。
当然、素直に返事をすることもなければ、玄関へと馳せ参じるわけもなく。一礼をして上がらせてもらうと、通い慣れた廊下をずんずんと進む。
雑巾掛けの施された木目は美しく、わずかに軋むも危なげはない。やがて白檀の香る道の先、聞き慣れない音と古式ゆかしい日本家屋に不釣り合いなほど派手な赤毛が待っていた。
「——で、なんで俺の家のロボット掃除機がお前んちにあるんだって?」
「テメェんちに仕舞い込まれんのが我慢ならねぇってウチに逃げ込んできたんだよ」
寺の庭先でじゃれつく地域猫のように、万年裸足の空却の足元で静かに旋回する黒い円盤型の掃除機は、獄の視線を浴びるや否や、連れ戻されてはかなわぬとばかりに玄関先へと逃げ出した。
もちろん、そう感じるだけなことくらいわかっている。空却を追うように現れたロボット掃除機は、まだ手付かずの獄が来た方向へと向かっただけだ。
ウィーン……という移動音は騒がしいガキといれば気にもならないが、一人きりだと時計の秒針のように耳障りな瞬間がある。無機質な気配も同様だ。
だがそれは獄がロボット掃除機を封印する理由にはなり得ても、獄からロボット掃除機を拐かしてもいい理由にはならない。
「住居侵入……窃盗……」
「なにやらしいカウントしてんだ銭ゲバ」
頭の中で指折りながら数えた罪状はどうやら口から出ていたらしい。
憮然とした顔の悪ガキが懐から取り出したのは少し前に渡したばかりの鍵で、これから味わいが出てくるであろう革のラゲッジタグを掴む指に、まだ鮮やかなボルドーの影が落ちる。
「こいつは家主様がくれたモンだが?」
「ロボット掃除機はやってねえだろ」
「拙僧の後をついて来たんだよ」
減らず口を叩きながら冤罪を訴える恋人だが、ロボット掃除機の拐取は譲れない。充電をせず、電源を切ってしまっておいたのだ。ついて来るなど早すぎる付喪神でもなければ有り得ない。
「……エイプリル・フールだからって嘘ばっか吐きやがって」
「エイプリル・フールだからだろ? つまんねぇの」
退屈そうに目をそらすと、子供の手遊びに似た仕草でラゲッジタグを弄ぶ。それをこちらが追っているのに満足したのか、ちゅ、と、合鍵へとくちづけた。
どきりと心臓が跳ねたのは、深い紅色のせいで恋人のくちびるがいつもより色づいて見えたからだろう——そう言い聞かせ、凪いだ顔と視線のまま、一挙手一投足を逃さないように見つめる。
「拙僧は、ちゃぁんと替わりのモン置いてったんだぜ?」
見てねぇの? と問いかける金の眼が、ちらちらと銀色の鍵を揺らし、にぃ、と真珠色の犬歯を見せつける獰猛な笑みを浮かべた。
「それも嘘なんだろ?」
「なら現場検証と洒落込もうぜ、ベンゴシセンセ?」
ちなみにこれは十四は不参加、とつけ足すと、磨かれた廊下に跡を残すよう、音を立てて踏み出された白い足は、まっすぐに玄関へと走り出す。
「来いよ獄! 早くしねぇと、嘘が本当になっちまうぞ」
「おい空却……お前、何を置いてきた……?」
「それを見に行くんだろーが!」
無茶苦茶な事を言って駆ける背を追うと、勤勉な円盤が粛々と職務に従事しているのとすれ違った。
……もしかして有耶無耶にしてロボット掃除機を奪おうとしてるんじゃないか?
頭を掠めた予感は当たっているような気もしたが、この円盤の代わりに収まっているものが何なのか、本当にあるのかが気がかりで、なにより天邪鬼な恋人のひどく遠回しな誘いを拒むのが惜しい。
待ち受けているのが嘘でも本当でもかまわない。真実は今も少し前を走っているのだから。
2026/4/1
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