すべてが沈む前の箱舟に
突然、東京に行った知り合いのクソガキは、旅立ちと同じ急さで帰ってきた。
子供はほんの少し目を離しただけですぐに変わる。それがただ外見の話だけなのかは人それぞれだが、少なくとも目の前の子供ははじめて会ったときとさして変わらぬ大きさで、耳を飾るピアスの数だけがおびただしく増えていた。
「よ、銭ゲバ弁護士」
「なにがよ、だ不良坊主」
電話口でバカ息子が帰ってきた、と話す声は表面上はひどく立腹していたが、言葉尻に隠し切れない安堵が見えた。少なからず相談をうけた身としても一安心したし、次やるならせめて名古屋県内にしてほしい。
そんな報告の最中にも、件のバカ息子は元気いっぱいに大暴れしているらしく、叱り飛ばす声とともに電話が切れた。親子揃って嵐のようだ。
ドタバタと走り回る足音にまじる、幼さの残る声。はじめて聞いたときとほとんど変わらない子供の声。
ふと、あのヤンチャでバカなクソガキが一人で東京に行ってどうなったのかー興味がわいた。
名古屋が東京に劣る、などとは思わないが、首都というものは否応なく全ての中心となって、様々なものが集まる。人にしても、ものにしても。その坩堝に飛び込んで、何か変わったのか、それとも何も変わらなかったのか。
放蕩息子の帰還を祝って、好物だと聞いたことのある団子を手土産に寺に尋ねることにした。
わざわざ申し訳ない、と出迎えてくれた住職に案内された先、久しぶりに見る目の覚めるような赤毛があった。
ついさっきまで簀巻きにされていたという髪と服を雑に整えながら縁側に腰掛けている。
団子を持って下がっていく背中を見送って、隣に腰掛けた。
変わらない。
はじめて会ったときとほとんど同じ。
ただ、意志の強い金色が、少しだけ憂いを帯びて見えた。
「東京はどうだったよ」
「悪くなかったぜ。着いてそうそうに絡まれたりしたけど、いいダチも……ま、やっぱ名古屋が一番イイな」
美味いけど味が違うんだわ、と帰ってすぐ近所の店に行った話をする、その横顔が、ふ、と遠くを見つめる。
大人と子供の時間の価値は違う。
たった数年の出来事が、その後をめちゃくちゃに変えてしまう。
問い詰めてもきっと話さないだろうが、何かが、誰かが、この子供にこんな寂寥の影を落とした。
そういえば、隣に座ってから一度もこちらを見ていない。
ずっと、前だけを、遠くを、
「でっ、てぅわ……っ」
「人と話すときは相手の目を見ろ、って言われなかったか?」
「だからっていきなり顎掴むなっつうの!」
なぜだかひどくむしゃくしゃして、強引に顎を引っ張った。
ぐい、と乱暴に回したせいか指で押された口元が窮屈そうで、不快そうにひそめた眉と合わさって顔がくしゃくしゃになっている。
き、と睨みつけてきた金色に先までの憂いはない。
「……お前は本当にバカだな」
「はあ?」
心底不思議そうに、けれども掴まれた顎をそのままに、首を傾げる。
変わってほしくなかったんだと気づいたのはそのときで、どうしてそう思ったかは気づかないことにした。
2021/04/01
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