狂騒ラビットホール

「今日は八月二日、バニーの日にちなんで兎狩りをしております。ぜひ、お好みの兎と楽しいひと時をお過ごし下さい」
 入り口でにこり、と隙のない微笑みの黒服に案内され、目立たないドアと相反するきらびやかなフロアに入り込む。
 自分のようなスーツのものから、カジュアルなもの、あからさまにカタギではないもの、自らも兎に扮したものーさまざまな装いの、けれども同じクラブの会員であるものが、バニーガール・バニーボーイを物色していた。

 会員証をしまい、ぐるりとあたりを見渡す。特に楽しくもない仕事だ。既婚者の有名人が自分の子供くらいのキャストに入れあげている、なんてつまらないゴシップ写真を撮るための。
 元から遊び好きで知られている。またか、いまさらと言われるだけ。探す必要すらない。隠れもせずに両手にキャストをはべらせて、高そうな酒を何本も空けてでれでれとしている。
 こんな堂々としていたら写真なんかいらないだろう。それでも仕事だからと隠しカメラのシャッターをきる。記事になる頃にはとっくにネットで出回っていそうだ。もっとどでかいスキャンダルがほしい。
 そう思っていたときだ。横をす、と通り過ぎたシルエットに惹かれて、目で追う。
 真っ赤なショートヘアと、それにあわせた赤い耳。同じく赤い燕尾服はノースリーブで、手首に飾り袖だけがついている。特徴的な裾の隙間から覗く丸い尻尾と、ショートパンツも赤い。剥き出しの四肢は真っ白で、真っ赤なハイヒールを履いていた。
 このクラブの中でも年若い方だ。普段なら案内されたブースで指名したキャストと歓談するのだが、膨大な所属キャストから選ぶのは難しく、タイミングによっては出会うこともできない。だいたいは会員の好みからピックアップされたキャストを勧められる。このイベントはマンネリ打破や新規顧客獲得狙いなのだろう。見たこともない少年だった。
 まだ若くみずみずしい肉体はしなやかで、鍛えているのだろう。けして細くも中性的でもなく、むしろ力強い。それなのに、目を離し難い、抗い難い、すさまじい色気がある。
 ほんの少しのしぐさが燕尾服の下の熟れた甘い香りをばら撒いて、剥き出しの四肢が煽るのだ。自分と過ごす時間を買わないか、と。
 影になって見えない顔はどれほどのものか。
 つまらない仕事なんてどうでもよくなるほどキャストに興味を持ったのははじめてだった。
 会社から渡された会員カードに刻印された偽名を、そこそこ好みのキャストに呼ばれて楽しいフリをする。会員制なだけあって美しく魅力的なキャストは山ほどいたけれど、あの少年は何か違う。婀娜な雰囲気を纏っても、どこか清廉としていてあどけない。
 まだ誰も手をつけていない。いや、つけられないのか。そうだ、こんな場所にいるのに、どうしてか触れ難い。
 意を決して声をかけようとした瞬間。どこからかあらわれた男が少年の腰を引っ掴んで、奥のVIPルームへと連れ込んでいった。
 素早く何かを口に突っ込んで喋らせないようにしたのも見えて、大丈夫なのかと思っていると、オーナーのお知り合いですのでご安心ください。お騒がせいたしました。と説明されている人がいた。
 やはり気になったのだろう。どこからどう見ても不機嫌なリーゼントの男に乱暴に拐われる少年なんて不穏なもの。ましてVIPルーム。壁一面マジックミラー貼りのその部屋は、本番も許されている。もちろん合意の上で、だが。
 今頃、あの少年はどうなっているのか。あんな強引に引きずり込まれたのだ、間違いなくヤッているだろう。
 VIPルームのドアが閉まる刹那、わずかに見えた少年の顔はやはり端正で、蠱惑的な金色の目が美しかった。
 あの目が、肢体が、どう乱され、犯されるのか。
 穴があくほど見つめても、けしてこちらからは見えない壁を、ただただじっと、見つめていた。

2021/08/02


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