ないしょのひみつのほんとうの
「キスしたい」
夕方までぶらついて、寺に送った別れ際。
くい、と服のはしを引かれたと思ったら、とんでもないことをねだられた。
『恋』も『好き』もわからないと言っていた恋人が『キス』を知るわけもなく。
さすがにためらっていると、してみたい、でも、してほしい、でもなく、教えてほしい、と、うるんでとけた金色で見つめてきたとき、試されているのかと思った。
まぶたを閉じて、ん、とくちびるを捧げられ、絶対に勢い余って舌をねじ込んだりするなよ、と言う自分と、最後までヤるわけでもないのだから舌くらい入れてしまえ、と言う自分とで戦いが起きた。
目も頭もくらくらとするほど無防備に、知ったばかりの『好き』をぶつけてくるのがかわいくて、怖い。
伏せられた目を縁取る睫毛がぴくぴくとふるえるのが、思うより色の白い肌がほんのり赤く染まっているのが、軽くつき出されたやわらかそうなくちびるが、物慣れない、うぶさを醸し出すのがたまらない。
はじめてでもないのにあまりに無垢な姿に引きずられて、こちらまでどきまぎとしてしまう。
俺だって教えてほしい。今までどうやってキスをしていたんだ。当たり前みたいにくちびるを、肌を重ねてきたのに。
「獄……?」
いつまでも触れないことに焦れたのか、おずおずと開かれた綺麗な金色が不安気にゆらめいた。
強い意志を宿した目も、獣じみた凶暴な目も、優しくあたたかい目も、甘くやわくとける目も、全て恋人のもので、表情よりも雄弁な目が、自分の反応一つで簡単に変わってしまう。
今、くちびるを奪ったら、本当にこの目が自分だけのものになるだろうか。
「ひと、」
や、の形に開いたくちびるにそっと触れる。
昼に歩いたときにされたように、ただ上から重ねる。
衝撃で見開かれた目は恥じらうようにゆっくりと閉じられた。
思ったよりずっとやわらかく、熱く、甘い。
きゅ、と眉根が寄って、くちびるも少しだけ前に出た。
鼻がぶつからないように角度を変え、薄桃色の未踏の地を余すことなく堪能する。
音もなく触れ合って、離れる瞬間、小さくちゅ、と鳴り、はぁ……と吐息がこぼれた。
夕陽のせいだけでなく赤い顔のまま、くちびるを指で覆い隠す。
再び開かれた目はそこらじゅうを泳ぎ回り、ようやく合わせられたときには、見たこともない色気を纏っていた。
幼さは変わらないのに、羞恥と忘我に濡れる色を知った金の瞳にキスの概念を覆される。
今までしてきたキスはなんだったのか。くちびるを重ねるだけの行為が、こんなに身体を芯から燃やすものか。離れ難くなる切なさと愛しさがあふれるものか。
好きだととろける瞳と同じ甘いくちびるの、できることなら薄く開いたその奥まで。堅牢な真珠色の犬歯を暴いて、赤々とぬめる舌を味わいたい。
許されるなら、今すぐ、もう一度ー
けれどもくちびるは隠されたまま。もごもごと何か言いたげにするのを待っていると、二、三度空気を吐き出して、意を決したように音にした。
「……なんか……思ったより、エロかった……」
それはこっちのセリフだよ、と崩れ落ちたくなるのを必死で堪えて抱きしめる。
どくどくと跳ね上がる鼓動は腕の中の恋人だけのものではない。
二度目のキスをするべきか否か、頭の中の戦いの決着はまだ着かない。
2021/04/22
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