こぼれたミルクはもどらない

 はじめてキスをしたくちびるが、ひどくみだらなもののようで。
 つい隠したり、触ったり、思い出してはぼんやりとしてしまう。



 帰って早々に父に叱り飛ばされ、獄くんとはどうなっているんだと問い詰められ「付き合うことになった」と言ったら、鬼の形相で簀巻きにされ、こんこんと説教された。
 話のまわりが早すぎるが、五百年の歴史が築き上げたネットワークは伊達ではない。
 あんな立派な青年に迷惑をかけるな、と空却一人が悪いように言うが、抱きしめ合ってキスまでしたのだからほぼ共犯だ。そんなこと言おうものなら説教ではすまないから絶対に言わないが。
 数時間後に解放され、諸々の罰として命じられた仕事を黙々とこなす。慣れた作業は体に染みついていて、考え事をしていても手は関係なく動いた。
 獄との話は父が直接するという。この件の箝口令はすでに敷かれているそうで、話し合いで正式な対応を決めるらしい。
 わかってはいたがとんだ椿事になってしまった。
 お前の馬鹿の責任をとるのは獄くんなんだぞと嘆く父に、だとしてもそれに乗ってきた獄も獄だぞ、とは言えない。
 ようやくわかった恋は前途多難だ。

 雑事をこなすかたわら、ふと今日のキスを思い出す。
 待っていたのに、いつまでも降ってこないくちびるに焦れて目を開けたら、知らない大人の男がいて、呼びかける途中で奪われた。
 ぎらぎらとした熱を感じる視線が、怖いというよりも何もかも暴かれそうで恥ずかしくて、まぶたをおろす。
 生まれて初めて味わう他人のくちびるは、少しだけ硬くて、でもだんだんとやわらかくなって、かすかに嗅ぎ慣れたタバコとコーヒーの香りがした。
 一回触れたら終わりだと思ったのに、角度を変えて、空却のくちびるのシワまで全て貪るように重ねられて、完全にふさがれてもいないのに息が上手くできなくて。
 触れたところから互いの熱を交換するような不思議な感覚に、もっと、ずっと、とねだってしまいそうで。
 キスってこんなに、やらしいモノなのかー?
 『恋』も『好き』も『キス』も、全部今日がはじめてで、目の前の恋人に素直な気持ちを伝えると、崩れ落ちるように抱きしめられた。
 二回目のキスはしなかったものの、抱きしめてきた身体がどっどっと速い鼓動を打つのを感じて、『好き』なのは自分だけじゃないと安心する。
 ああでも、もう一度くらい、したかった。
 切ない、とはこういう感覚なのかと無意識にくちびるに触れたとき、異変が起きた。



 ちんこが勃った。
 キスを思い出して悶々としたせいか、気づいたら勃っていたのだ。めんどくさいやら恥ずかしいやら、作業もちょうどキリのいいところだったから、休憩がてら便所に駆け込む。
 広い寺にいくつかある、奥まった、人の寄りつかない便所はいつもどおり空いていて、あたりに誰もいないのを確認して、静かに鍵を閉める。
 ドアに背を預けて前をくつろげると、窮屈そうに飛び出したちんこは、もう先走りをこぼして濡れていた。
 修行だの喧嘩だので解消されてしまうのか、積極的に欲情をしたことがない身体は、ほとんど初めて生理現象以外での自慰に臨む。
 また初めてが増えてしまった。
 獄に好きだと告げてから、まださして時間は経っていない。それなのに目まぐるしく変わりすぎだ。
 恋をしたら世界が変わる、なんて文言を聞いたことはあっても自分に降りかかるとは思っていなかった。
 言いつけられた作業はまだある。とっとと抜いてさっさと戻ろう。

 ちんこを握り、気持ちいいと思うところを擦っていく。日々の修行や雑務のようにこなしてきたから、そういうのはわかっている。
 反面、楽しそうにしている同級生達を何がそんなにいいものか、とも思ってきた。
 無心でちんこを扱いていると熱に浮かされる体に反して、頭がすぅっと冷えていく。自分を俯瞰する自分が滑稽だと見下ろすような感覚があった。だからなるたけ早くすませようとしてきた。
 いやらしいものはわかる。エッチだとかすけべだとか。それで興奮するだとか、抜こうだとか、こういうことをしたいだとか思わないだけで。
 潔癖というよりは淡白なのだろう。そうして性への欲求が薄いばかりに、今日何度目かの『初めて』に振り回されるハメになる。

 おかしい。
 たぶん、ほとんどの人からすれば空却がおかしいのだが、ともかくおかしなことになっていた。
 まず、今までのようにちんこをいじっても上手くイケない。気持ちいいと思うところをこすっても、気持ちいいは気持ちいいのだけれども、イケないのだ。
 イケないけれど勃ったままのちんこではいられない。うっかり作業中に誤射しても、勃起しているのを見咎められても悲惨だ。
 どうにかイカねばならないと頭をひねったとき、空却は同級生達が雑誌のグラビアだ家族のAVだネットのエロ漫画だエロ動画だと騒ぐ『オカズ』という概念とようやく出会うこととなる。
 キスを思い出して勃ったなら、キスのことを考えながらちんこをいじればいい。これで万事解決、のはずである。

 おかしい。
 やっぱりほとんどの人からすれば空却がおかしいのかもしれないが、ともかくおかしなことになっていた。
 もくろみ自体は上手くいったのだ。
 キスを、くちびるの感触を、匂いを、味を、思い出していじるちんこはいまだかつてないほど早くイッた。
 心なしか量も多い気がしたし、濃いような気もした。息だっていつになく上がっているし、頭だってひどくぼうっとする。
 なにより、今までと比べ物にならないくらい気持ちいい。
 くちびるを舐めたり擦り合わせたりして記憶の中の熱と感触と匂いを呼び起こす。そうすると簡単にちんこが硬くなって、先走りがあふれ出す。
 こんなことなかった。ずっと擦ったらそのうち出るだけで、気持ちいいけど、こんなバカみたいになるほどよくなんてなかった。
 足ががくがくふるえて、ドアに寄りかかったまま床にずり落ちて、のけ反ってイくなんて初めてで、握った手の中でちんこがぴくぴくとしながら、またすぐ硬くなるのも初めてだった。
 もうとっくにトイレ休憩で済む時間は過ぎている。でも、ぜんぜん止まれない。



「ん、ぅ、ん……っ!」

 声を出してバレたら大目玉ではすまない状況なのに、まるでおさまる気配がない。
 すぐに二回目もイッて、早漏ってやつじゃないのか、ダセエ、と思うのに、額から落ちた汗が頬をつたってくちびるに触れただけで、またちんこが復活した。
 三回目、いい加減決着をつけたくて、空いていた左手でくちびるに触れる。
 舐めて噛み続けたくちびるがヒリヒリと痛むし、代わりに指で済ませよう、ついでに声も抑えられる、と踏んだのだが、くちびるや舌より器用に動く指先のせいで余計に煽られることになった。
 ちんこをいじる手とくちびるをいじる手の両方から、ちゅぷちゅぷ、ちゅぱちゅぱ、くちゅくちゅとはしたない水音が響く。
 くちびるは触れたところを開いて、ずっと中の奥まで突っ込んで上顎や舌、歯列や歯茎までいじり回していた。
 キスをしたとき、獄がー大人の男が、我慢しているのを知っていた。
 淡白な空却とて、深く貪り合うようなくちづけくらいは知識として持っているし、それをされてもいいとも思っていた。
 蓋を開けば触れるだけのキスでこんなに欲情して、その先を想像しながらくったりとくず折れ、のけ反ったままちんこをいじって腰を振っている。
 よだれでべちょべちょの指でくちびるをなぞって割り開き、覗いた舌を別の指でごりごりえぐって引っぱって、背中がぞくぞくする感覚がちんこもびくびくとさせた。
 自分の両手が、大人の、恋人の、獄のものだったら。今日みたいに、キスをして、だんだん深くなるものになって、たぶん簡単に勃ってしまうちんこをいじられたら。

「……〜〜〜っ」

 咥えた指で飛び出しそうな嬌声を飲み込んで、三度目の絶頂を迎える。
 びくん、と盛大にのけ反り、腰を突き出してイッた。
 手のひらの中にびゅく、びゅる、と精子が放たれてるのを感じて、全身から力が抜ける。
 口から抜いた指がぬと、とよだれの糸を引き、ちんこを握った手を開くと、べっとりと見たこともない量の精液で濡れていた。
 さすがにもうちんこはへにゃりとしたままで、精子を拭うように動いても勃ちはしない。
 早く、後始末をして戻らなくては。
 そう思うのに、初めての快感でふるえる身体は、しばらく動けないままだった。

2021/04/22


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