付き合って初めてのデートは、黒尾くんが選んだ話題のアクション映画だった。デートでアクション映画とはなかなか熟年カップルっぽいが、ラブロマンスを選ばない辺りが私たちらしいなと思える。
映画とか?と提案したら、有難いことに候補を挙げてくれたのだった。私も観たかった、アクション映画のシリーズものだ。
「やっぱりあったね、あれ」
「アレ?」
「今その時間じゃない!っていうキスシーン」
「アクション映画あるあるだよな。めっちゃバカスカ戦ってんのにそこだけ謎の時間のヤツ」
からから黒尾くんが笑う。
派手なアクション映画は何も考えずに観れるのが良い。付き合う前も何度かしていた筈なのにやけに緊張してしまうデートのこととか未だ繋がれない手のこととか、ぐるぐる考えずに済むからだ。
付き合って初めてのデートだからというのもあるだろうけれど、映画のチケットも、その後の良い雰囲気のレストランも、予約から何から黒尾くんはサラッとこなした。普段ふざけたり揶揄うようなことも言うが、用意周到で余裕があるところは、流石としか言いようがない。
夕ご飯はお洒落なイタリアンレストランで、もっと女の子らしい服にすれば良かったかな...と反省した。でも店内は適度な雑音で、思ったよりもカジュアルに食事ができるお店だった。
「良いお店だね。来たことあるの?」
「いや、俺も初めて」
「そうなんだ?良いところ知ってるね」
「あー、隠してもしょーがねえから言うけど、」
真実ちゃんが好きそうかなって思って、調べた。
ぽり、と人差し指で頬をかきながら照れ臭そうに目を逸らして言う黒尾くんは、何だか可愛かった。格好つけずに、それをちゃんと言ってくれるところも。
「そっか、ありがとう。こういうお店好きだから嬉しい」
「...良かった」
あ。今、雰囲気が一段甘くなった気がする。
片肘を立てて手のひらに顎を乗せる黒尾くんの、目が少しまあるくなって、柔らかくなったのだ。
好きだなあ、と思う。
夕方遅めの映画だったので、夕ご飯と少しのお酒を楽しんで、イルミネーションとまではいかなくとも美しい街並みを散歩がてら歩けば、あっという間に電車も残り数本という時間になっていた。
駅のホームは、同じように徐々に帰路につき始めた人たちで賑わってきていて、それが胸のざわめきを煩くさせた。
あと少しで、違うところに帰り向かわなければいけない。
途中までは同じ電車なので、一緒に電車に乗り込む。もだもだしていたら結局終電になってしまった。ドア付近に立っていると、発車間際に急いで乗ろうとする人の波があり、黒尾くんの右手が私の肩に触れて遠慮がちに引き寄せた。
「やっぱりこの時間は人多いな」
「だね。みんなちょっとお酒のにおいするし」
「土曜日だもんなあ」
電車の雰囲気は、金曜や土曜の夜特有の、いつもより少し騒がしい熱気があるそれだった。そう、今日は土曜日なのだ。
明日は休み、恋人という関係になった今なら、一緒にだって過ごせるのに。付き合って最初のデートで女の子から家に誘うというのは、いささかハードルが高い。
ぐるぐる考えていると、もうすぐ私の降りる駅というところまで来てしまって。ああもう、こういう時って本当に時間が経つのが早い。
「もう着くな。遅いし、気をつけて帰ってよ?駅からは近いんだっけ」
「うん、10分かかからないくらい。明るい通りだから大丈夫」
ドアが開いて、一歩、二歩と片足ずつ踏み出してホームに脚をのせる。じゃあな、とひらりと黒尾くんが手を振る。
黒尾くんも心なしか寂しそう?そんな顔、しないでよ。ああもう。
「......はっ?」
「えっ?」
ぐい、と気がついたら、思わず無意識に黒尾くんの手を引いていた。ホームに降り立った黒尾くんの後ろで音を立てて閉まる電車のドア。やってしまった。
「あっ、えっと、あれ」
「名前ちゃん、今の終電なんだけど......」
「ごっ、ごごごめん!」
「まあタクシーって手もあるけどな。どした?」
「..........なくて、」
「え?」
「離れたく、なくて......」
これが漫画のひとコマなら、へなへな、と効果音が書かれてしまいそうなくらい、黒尾くんは脱力しながらしゃがんでしまった。
「黒尾くん、ごめんっ、困らせたよね...」
「名前ちゃん、それは反則」
「え?」
「可愛すぎて無理」
「ええ?」
目線を合わせてしゃがむ私の指先が、黒尾くんの指先に掬われた。親指で手の甲をゆっくりと撫でられる。
「...何にもしないから、たぶん。明日まで一緒に、居てもいいですか」
「...何かしても、いいんだけど」
「んもーーー酔っ払ってんの!?付き合って初デートで手を出すのは
流石に俺のプライドが許さないの!自制してんの!」
「ふふ、うん。ありがと」
赤く染まった顔は一瞬しか見せてもらえず、そっぽを向かれてしまった。掬われていた指先は手のひらまでぎゅっと握られ、改札に向かって手を引かれる。
黒尾くんの手は、思っていたよりずっと熱い。