「澄晴はいつもそんな感じだから、人に勘違いされちゃわないか心配。あと、本当に伝えたいことがある時、辛い時苦しい時、それが伝わらないんじゃないかっていうのもね」


名前さんが大分前にそう言った時は、いまいちピンと来ていなかったのが正直なところだった。

実際の戦闘でもボーダーでのランク戦でも、はたまた人とのコミュニケーションにおいても、自分を曝け出しすぎることはリスクである。そうやってのらりくらりとする術ばかり身について、気づいたら本音を話せる人はそう多くないことには薄々気づいていた。

だからと言って感傷的になったりはしない。鳩原ちゃんの重要規律違反でうちがB級に降格した時、二宮隊や自分が腫れ物扱いされている自覚はあった。そういう感覚には鋭い方だと自負している。だが自分は目の前のやるべきことをやるだけだし、何も変わらない。そう、自分に言い聞かせていた節もあったのかもしれないけれど。


「澄晴、もうすぐ訓練室閉まるよ。帰りなよ」

「それは名前さんもでしょ。女の子がこんな時間まで、良くないなあ」

「私は家が近いからいいの。…澄晴、追い詰めすぎ。身体壊さないでよ?」

「心配してくれるの?優しいな、名前さんは」


おどけて見せたものの、目の前の人はまだ何か言いたげな顔をしていて、何だかそれが可愛くて笑えた。送るよ、と片付けながら声をかけると、家近いって言ってるのに、と彼女は笑みをこぼしてみせた。

***

何度かアパートまで送ったことはあったが、近いと言うだけあって、彼女の住まいはボーダーから徒歩5分足らずのところにあった。とっくに部屋の目の前に着いているのに、離れがたくて切り出せない。澄んだ冬の空気がピリピリと肌を刺して、少し痛いとすら感じる。


「…名前さんはさ、優しいよね」

「…なに、急に」

「踏み込んでもこないし、でも俺のこと気にかけてくれて」

「…それ、は」

「正直俺はこんなだし、鳩原ちゃんのこともあったし、周りからどう思われてるかとかどう見られてるかとか、それなりに分かってるつもり」


俺が進んで自分の話をすることが珍しいのか、真実さんは少し目を丸くしている。夜も更けてきているからか、住宅街は静かでふたりの呼吸しか聞こえない。


「一部の人以外には、正直どう思われようが興味ないんだ」

「…うん」

「…でも名前さんには、俺のこと分かってて欲しいって思う。なんでだろうね」


その答えは自分の中では見つかっている。上手く言葉で言い表せないというか、そういうことを実は自分が言い慣れてないだけで。

はあ、とマフラーに息を吐き出して、名前さんがつぶやく。


「…私は、澄晴が本音を言いたくなった時に受け止められるように、準備万端にしておくだけだよ」


そう言ってくれることが、自分にとって拠り所になっていることを、この人は分かっているのだろうか。自分の感情がとてつもなく大きく重い気がして。この人を潰してしまうのではないか。


「…名前さん、ごめんね。嫌だったら突き飛ばすなりして」

「え、」


体に沿ってぶら下がっていた名前さんの両手を取って、名前さんの肩に顔を埋めた。シャンプーか柔軟剤か分からないが、やさしい香りが鼻をくすぐる。名前さんはほんの、ほんの一瞬だけ肩を震わせた。けれどもされるがままになっているこの人は、やっぱり、俺にとっては。

名前さんの片手が俺の両手を包んで、もう片方の手を俺の背中に添えられた。あやすような手の動きが、感じたことがないような安心感を与える。じわ、と目頭が熱くなった。



「…あったかいものでも、飲んでいく?」

しばらくそうしていると、意を決したように名前さんがそう言った。顔を上げると、まつげの本数すら数えられそうな距離で名前さんの目が瞬いていた。

「…部屋に男あげちゃっていいの?」

「…澄晴」

咎めるように呼ばれた自分の名前すら、少し甘く聞こえるのだから重症だと思う。

「ごめんごめん。こういうところが本当に良くないって分かってる」

拗ねたような表情を直して欲しくて、被りを振った。


「…あがらせて。寒いのに立ち話してごめん。俺も、まだ名前さんといたい」


名前さんが少し驚いたように笑って、俺を部屋に招き入れる。
今日はたくさん、俺の話を聞いてほしい。




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