七海さんはグルメだ。

食いしん坊な私をいつも美味しいお店に連れて行ってくれる。

イメージ通りの格式の高そうなお店もあれば、隣のテーブルの女の子たちの話題が分かるほどのカジュアルなお店、ネットではほぼ情報が出てこないようなお店まで。

私が美味しいものに目がないから、見つけては声をかけてくれるのだ。

ただ夜に会って、一緒に美味しいものを食べて、一緒にお酒を飲む。


「......どうですか?」


一口料理を口に運んだ私を、目の前の男性はどこか心配そうな顔で見つめている。

お店のチョイスが間違っていなかったか、心配なんだろう。


七海さんの舌に間違いがあるわけないのに。

一緒に過ごして、一緒に食べられるなら、美味しいに決まっているのに。


「とっても美味しいです」


年齢はそう変わらないのに、私より随分大人な七海さん。


「...そうですか。良かった」


そんな大の大人が、私の一言で心底安心したような顔を見せるのだ。


「どれも美味しいですが、私のお勧めはこれです。貴女も好きな味だと思います」


好みまでバレているらしい。
七海さんのお勧めしてくれた料理をスプーンひと掬いいただくと、口の中にふわっと旨みが広がった。


「...ん、おいしい!食感もたまらないです」

「......貴女は本当に美味しそうに食べますね」


自惚れてもいいのだろうか。

最近目の前にいるこの人が、もしかしたら自分を好いてくれているのではないかと錯覚する。

なぜならば、自分にも他人にも厳しいこの人が、最近ふわふわとした笑みを私に見せるからだ。切れ長な目を少しだけ丸くさせて。


「どれも美味しいです!ワイン、もう一杯いただいてもいいですか?」

「では私も。名字さんは、次で最後にした方が良いと思います」

「...そんなに酔っ払ってるように見えます?」

「見えます。...それに、あまり酔っ払われてしまっては困りますから」


この時の七海さんの言葉の意図は、私には分からなかった。





「......今日はもう少しだけ、時間をいただけますか」


いつもは解散する流れのところでそう声をかけられ、体が固まる。


「...もちろんです」


嫌と言うはずもない。他でもない七海さんからのお誘いなのだから。



とりあえず公園のベンチに腰かけ、しばらく他愛もない話をしていたのに、七海さんが黙ったことで虫の声と流れる水の音しか聞こえなくなってしまった。

静かなような気もするし、煩くてもっと静かにしてほしいような気もする。


「名字さん」


さっきまで聞こえていた音が、嘘のように静まったような感覚がした。

はぁ、と七海さんが静かな息を吐いた。


「......これからも、私と一緒に食事をしてくれませんか」


その言葉に私の頭には疑問符が浮かぶが、七海さんは言葉を続ける。


「出来れば今後は、友人としてではなく、恋人として」


恋人として。

そう言っているのに、七海さんの雰囲気とその言葉が、重さを感じさせた。


「プロポーズ、みたい...」


呆気に取られてそう言うと、空間の緊張が少し緩んだ。


「気が早くすみませんが、そう受け取っていただいて構いません。この仕事をする立場で恋人をという存在を持つことは、それなりの覚悟も必要ですから」


それを分かっていて、この人は気持ちを告げてくれたのだ。

生半可な気持ちでこういったことをする人でないことは、よく知っている。


「本当に、大袈裟に言っているのではありません。恋人の先の関係も、いずれは考えてみてほしい」


ぽかんと開いてしまいそうな口を、どうにか緩まないように支える。

こんな夢のようなことが、あっていいのだろうか。


「......返事を聞かせていただけませんか」


顔色を伺うような、少しだけ心配そうな顔。

いつもの、食事をしている私を前にした時のような。


返事なんて、決まっているのに。


「......ぜひ、喜んで。お願いします。私も、七海さんと食事をするの、大好きですから」


そう告げると、ゆっくりと肩を引き寄せられ、広い腕の中に自分がおさまった。

しっかりと手入れされていることがわかる、七海さんのシャツ。

私を腕のなかにおさめたまま、七海さんはいろんな話をしてくれた。


「......いつからか、貴女が好きそうかどうかで、店を選ぶようになりました」

「行ったことがある店なので、美味しいことは自分で分かっているはずなんです。なのに、貴女がいつものように笑ってくれるか、喜んでくれるか心配になる」


七海さんがあまりにも赤裸々に語るので、腕のなかの私はいたたまれなくなる。


「な、七海さん...恥ずかしいので、そのくらいで」


ふ、と笑いをこぼした七海さんが、少し意地悪な声で「いいえ」と拒否した。


「言わせてください。...僕は、貴女が美味しそうに食事する姿が、本当に好きなので」


彼の柔らかい声が、私を好きだと言っているようで、たまらない気持ちになった。


「......七海さん」

「はい」

「名前で、呼んでくれませんか」


一呼吸置いたあと、七海さんの声が静かに降ってきた。


「名前さん」

「.........建人さん」


ぎゅう、と腕の力が強まって、切り揃えられた髪の毛先がふれる。

夜の匂いの中で、建人さんの香りが濃くなった。




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