遠くない未来への約束
その日は珍しく早めに仕事が終わり、買い物をしてるであろう主の姉姫、琳麗を手伝おうと街を歩いていた。
そうして、なんなく恋しい人を見つけて近寄った静蘭だった。
「琳麗様」
「静蘭、仕事終わったの?」
声をかけると振り向いて、琳麗はにこりと笑みを浮かべてきた。
「はい、それできっと買い物してるだろうと思いまして……その子は?」
見れば琳麗の足元に着物を掴みながら立つ、三、四歳くらいの幼子がいた。男の子らしい。
「葉医師から面倒見てくれって頼まれたのよ。この子のお母さん、ちょっと子供に移すと厄介な病にかかってね、あ、大人は大丈夫なんですって!
それでお父さんいないらしくて、二、三日預かって欲しいって言われてね」
「そうなんですか」
「そう、だからこうして連れて来たのよ。一応、父様には文を出しておいたから大丈夫だと思うけど」
にこりと笑ってその子供を見た。
薄碧の髪にきょとん、と見上げてくる様がなんとも可愛いらしい。大きな瞳で見てくる様子は、かつて、この子さえいれば良い。と思っていた弟に似ている。
「……那岐くん。この人は私の家族の静蘭よ」
まだ裾を掴んでいる那岐と呼ばれた幼子は、静蘭をじっと見上げた。
「那岐くんというのですか? 私はシ 静蘭です。しばらくの間よろしくお願いします」
「…………」
「那岐くん?」
ぷいっと横を向く那岐に、静蘭も琳麗もどうしたのかと小首を傾けた。そうして、ピタッと琳麗に引っ付き静蘭を見た。
「…………姉ちゃんの恋人?」
「へっ?」
思わず変な声を出してしまった。これに関して想いを寄せる姫がなんと言うのか気になったが
「どうして?」
「だって、仲いいから……」
「まぁ」
那岐くんの答えに琳麗はクスクス笑っている。静蘭は、笑うのではなく答えが聞きたかったがそれは聞く事が出来なかった。
(……琳麗様、笑うのではなく答えを!)
そう思う静蘭を余所に、琳麗は「何が食べたい?」などと話題をすり替えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
買い物を終えて邸まで歩いていると、ぼてっと那岐くんが転んだ。
買い物に付き合わせたせいか、歩き疲れてそこにしゃがみ込んでしまった。
「どうしたの? 那岐くん」
「……疲れたんですか?」
静蘭が訊くと那岐は小さく頷いた。
「……仕方ないですね…琳麗様、申し訳ありませんがお願いします」
静蘭は持っていた買い物籠を琳麗に預けると、那岐に背を向けてしゃがみ込んだ。
「……えっ…?」
キョトンとする那岐に琳麗は微笑して、促した。
「ほら、おぶってくれるみたいよ」
「…………」
「さあ、どうぞ」
おずおずと近寄り、那岐は静蘭の背に身体を預けると、途端に視界が高く、広くなる。
「わあ……高い…」
そんな風に喜ぶ姿に静蘭と琳麗は顔を見合わせ、笑った。
会ってからあまり笑顔を見せなかった幼子が心配だったのだ。やはり、二、三日とはいえ母親と離れるのは不安だろうに。
「よかったわね、那岐くん」
「うん!」
にんまりと笑う顔が可愛くて、琳麗も笑顔で頭を撫でてやった。
また家路へと向かって、しばらくするとスースーと寝息が聞こえて来た。
「那岐くん、寝ちゃったみたい」
「そうみたいですね……」
診療所にいた時から子供ながら、ずっと張り詰めていたのだろう。
頼る者がおらず、差し出された手にどこまで甘えていいのか分からなかったのかもしれない。
でも、ほんの少しのぬくもりにホッと心が緩んだようだ。
ふと、琳麗は傍らの静蘭を見て微笑した。その気配を感じたらしく、静蘭は横を向いた。
「どうかなさいましたか?」
「うん、何て言うか……静蘭、お父さんみたいだなって思ったの。
考えてみれば、静蘭の年ならこの位の子供がいてもおかしくないのよね」
そんな事を言う琳麗に静蘭は少し驚いた。しかし、少し考えてから琳麗を見た。
「……私がお父さんと言うなら、お母さんは琳麗様ですよ」
「へっ?」
「きっと、回りからはそう見えると思いますよ」
そう言われて、琳麗は自分と静蘭、那岐を見た。
確かにそう「家族」に見えるであろう。でも、やはり静蘭には幸せになってもらいたい。
いつまでも自分たち親子の事だけではなく、自分の幸せを掴んでもらいたい。
「そうね…………でも、ちゃんと可愛いお嫁さん見つけないとダメよ」
「――でしたら、いずれ貴方を迎えます」
「……静蘭…?」
ちらり、と顔を向ければ、真摯な眼差しで自分を見てくる静蘭にどくん、と心臓が跳ねた。
スッと垂れていた髪に手が伸び、口唇を寄せられた。
「せっ、静蘭っ!?」
驚いて声を上げれば、もぞりと動く那岐に驚いた。静蘭はクスッと微笑すると琳麗にそっと囁いた。
「――――私のものになって下さいね」
「なっ…」
真っ赤になる琳麗の頬に、静蘭は一瞬だけ口唇を寄せたのだった。
それは近い未来への約束。
今は『ごっこ』でも構わないが、出来るならば、これから先の未来は貴方と共に――。
静蘭はにっこりと微笑むと、琳麗に話しかけた。
「さあ、旦那様や秀麗お嬢様が待っていますよ」
「……そうね、邸へ帰りましょう。私たちの邸へ」
琳麗は一息吸って、静蘭に応えた。そして、空いている手を静蘭の腕へちょんとおいた。
「……琳麗様?」
「だって今は仲良し家族でしょ」
微笑む琳麗に、静蘭は一瞬目を見開いたがそのまま笑みを浮かべた。
背中の那岐くんが少し重いけれど、それでもどこか幸せな気分になった。
やがて、同じ重みを感じる事を願いながら。
道に伸びた影は「仲良し家族」を映していたのだった。
END
for.河西結城様
あとがき
河西結城様へ相互記念小説です。
もう駄文で申し訳ありません。
書いていて自分でも訳が解らなくなりました!
当初はもっと違うモノをイメージしていたのですが、うまく書けなくてこんなモノになってしまいました。
河西様、気に入らなければポイッと投げ棄てて下さいませ。
読んで下さった方々もありがとうございました。
※河西結城様のみお持ち帰り可です。
2007/10/19
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