飾りつけるのは私の役目


紅邸にて、琳麗が家事をこなしていると門の方から来客らしき声が聞こえた。


「……誰かしら?」


まだ家族が帰宅するにも早い時刻。琳麗は小首を傾げながら、門へと急いだ。


「やあ、琳麗殿。今日も一段と麗しいね」


そこには藍色の衣を纏った王の側近、藍将軍こと藍 楸瑛が立っていた。手には沢山の食材を持って。


「まあ、楸瑛様。どうなさったのですか?」

「今日はお祝いだと聞いていてね、邵可様にお招きを頂いたんだよ。それで先に食材を届けに来たんだ」

「それは、嬉しいのですが、こんなに沢山よろしいのですか?」


いつも沢山の食材を頂いたり、たまに素敵な贈り物をされて琳麗は戸惑った。


「構わないよ。琳麗殿や秀麗殿の美味しい菜が食べられるんだからね」


パチンと片目を閉じて笑う姿に、琳麗は微笑した。


「それじゃ、今夜は腕によりをかけて作りますわ。あ、でも……」

「どうしたんだい?」

「いえ、お塩切らしてて買いに行こうと思っていたんで」

「じゃあ、軒に乗せてってあげるよ。それにせっかくのお祝いだし、なにか贈り物をするよ」

「そ、そんな……そこまでして頂く訳には」

「いいんだよ、琳麗殿の誕生日なんだし。気にしないでくれたまえ」


そんなこんなで琳麗は街まで楸瑛と共に出掛けることとなった。



   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



静蘭は露店にて耳飾りを眺めていた。愛する妻への贈り物を選ぼうとして吟味している。


「これが似合いそうだな」


手に取った耳飾りはいくらかの装飾が施され、蒼い珠が着いている。
蒼――は本来の王家の色。数百前の王が姓を改姓させなければ蒼のままだったはず。紫は禁色なので使う訳にはいかないが、小さな珠に薄い紫があるのを見て、静蘭は決めた。
銀五両、となかなかの価格だが、そこは値切りの手腕を発揮して銀一両まで値切った。さすがの店主も泣いていたが、仕方がない。
さあ、帰ろう。と踵を返そうとして足が止まった。目の前の光景に驚きが隠せなかった。
欲目だとしても愛らしく麗しい我が妻、琳麗と、いつまで妻の周りに出没するつもりなのかと思うお財布其の一、藍 楸瑛の姿がある。
二人は笑い合いながら、そのまま藍家の軒に乗り、カラカラと紅邸へと行ってしまった。琳麗の髪にみたことがない飾りがあったのも、きちんと見ていたのだった。



   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇




夕食には、邸の主である邵可と秀麗、ちゃっかり居候中の燕青に、絳攸、楸瑛、悠舜夫妻、劉輝、そして琳麗と静蘭がいた。


「なーんで、あんたまでいるのよ!」

「うぅ、余だって、余だって、義姉……いや、琳麗の誕生日を祝いたいのだー!」

「まあ、まあ、秀麗殿。たまには宜しいではないですか」

「……悠舜さんがそう言うなら…」


秀麗は口ごもりながら、椅子へと腰を下ろした。


「秀麗、劉輝様は私がお招きしたんだから、そんなに怒らないで。さ、そろそろ食べよう?」


邵可にそう言われ、秀麗は劉輝に「……悪かったわ」と呟いた。そして、琳麗を見てにこりと笑った。


「えっと、姉様。お誕生日おめでとう! これ私が縫ったの……使ってね」

「まあ、ありがとう秀麗」


手渡されたのは飾り帯だった。細かい刺繍がされている。


「……綺麗、とっても嬉しいわ。秀麗」

「姉様の刺繍に比べたらまだまだだけど……」

「そんなことないわよ。ふふ、大切に使うわね」


秀麗を皮切りに邵可からは本、絳攸からは硯箱、劉輝からは首飾り、悠舜夫妻からは痴漢撃退用の道具、燕青からは……後片付け券。
そして、黄尚書から白百合が送られて来た。その後すぐに「親切で素敵な」と署名がついた人から大量の紅い薔薇が送られてきたのだった。
それを見た秀麗と凛さん以外の人は(何を考えているんだ)とやや顔を引き攣らせていた。


「お前はないのか?」


絳攸が傍らの楸瑛に話しかけると、楸瑛はにこやかに笑った。


「私は先に差し上げたんだよ、ね、琳麗殿」

「はい、こちらを頂きまして」


そっと髪に飾られている細工に手を宛て恥ずかしそうに笑う琳麗に、楸瑛と琳麗以外の誰もが固まった。ちらり、と視線を静蘭に巡らせると黙々と食事をとっている。


「あー……静蘭は、ないのか?」


ギロリ、と睨まれた劉輝はビクッとしながら隣の絳攸の裾を掴んだ。絳攸はため息をついて(……馬鹿が…)とぼやいた。


「後で渡しますので」

「……静蘭? どうかしたの? 体調悪い?」


横にいた琳麗は小首を傾げて覗き込んで、静蘭を見た。静蘭は笑顔をつくると


「いいえ、大丈夫ですよ」

「……そぉ…」


やや素っ気ない態度に琳麗はじーっと見つめていた。そんな少しギスギスした雰囲気の中、琳麗の誕生日を祝う集まりは終わったのだった。
絳攸、楸瑛は劉輝を王宮まで送る途中で「琳麗は大丈夫だろうか」と話をしていたが、むしろ命の危険を伴うのは誰であろう楸瑛だとわかっていた。


「お前はなんだってそんなに静蘭に殺されたいのか!?」

「そぉだぞ、ああ見えて兄、いや静蘭はきっとネチネチと……」


それを考えると劉輝の背中に冷たいものがタラリと流れた。


「いや、そんなつもりはないよ。でもねぇ、私だって琳麗殿を狙っ……いや、お慕いしていたのにだよ。求愛する隙もなく静蘭に奪われて」


だから、あれくらいいいだろう。みたいな仕種を見て劉輝たちはため息をついた。それでも静蘭の恨みを買ったのは言うまでもない。



   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「燕青さん? 別にいいのよ、気持ちだけでも」

「んー、でも俺だけなんもしないつーのも」


燕青が食事の後片付けをしようとしているのを見て、琳麗が止めようとしたが


「琳麗、いいんですよ。こいつにやらせておけば」

「静蘭、でも、」

「しっかりやれよ、コメツキバッタ」


しぶる琳麗を促し、静蘭はさっさと琳麗を連れて室へと歩いていった。


「……あーりゃあ、琳麗姫さん今夜大変かも……」


夕食の際の藍将軍とのやり取りは、さぞかし頭にきていただろうし……。そう思うと燕青は琳麗に心から声援を送ったのだった。


「あら、燕青ひとり? 静蘭と姉様は?」


お茶にしない?と呼びに来た、妹姫――秀麗に燕青は苦笑しながら親指で彼らがいる方向をさした。


「静蘭なら、琳麗姫さんと室に行ったぜ。今は近寄んない方がいいかもよ。馬に蹴られたくないだろ」

「……静蘭、怒ってたものね。結婚しても姉様モテるから」


さすがの秀麗にも夕食の時のぎすぎすした雰囲気が分かったらしい。自分の事は棚に上げて、鈍いから。と話す秀麗に燕青は苦笑していた。



   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



結婚してからは琳麗と静蘭は、少し広めの室へと移動したのだった。邵可や秀麗の部屋よりも奥にあり、新婚なんだから二人きりにさせてあげようという配慮からだ。
キィと扉を開けて、中に入ると灯りを点した。


「どうかしたの? 今日の静蘭いつもと違うけど、私何かした?」


帰って来た時からどこか怒っている様子の夫、静蘭を覗き込みながら琳麗は訊いてみた。
その小首を傾げる姿に静蘭は額を覆った。惚れた弱みとはいえ、結婚しても可愛いらしい妻のその仕種は直視出来ないからだ。だが、シャラ、という音に目線を琳麗の頭に向ける。
何を考えているのか、紅い硝子珠がついているのはまだいい。しかし、なぜ所々に藍色が施されているのか。


「――その髪飾り、」

「え、ああ、これ? 綺麗よね、楸瑛様いいって言ってるのに買って下さったのよ」


困ったように肩をすくめながら、でも微笑する彼女に静蘭は苛立った。

自分以外の男の事でそんな風に笑わないでくれ。

それは嫉妬心。愛するが故に、他人に笑顔を向けるのは嫌だ。自分だけを、見て欲しい。

静蘭はクスクス笑う琳麗の手を引っ張ると、そのまま腰を引き寄せた。


「せ、静蘭……?」

「あなたは私の妻ですよ」

「え、えぇ、そ――んぅ……」


琳麗はなにか怒っている様子の静蘭にうろたえながら、そうと答えようとして遮られた。
朱く染まった頬に手を添えられ、そのまま噛み付かれるように口唇が重なった。角度を変え、貪るような口付けは琳麗の力を脱いていく。腰を支えられ、かろうじて立っていた。
ようやく離れた時は、立つ事さえままならなかった。静蘭は膝の下へ腕を回すと、ひょいと、琳麗を抱き上げ寝台へと運んだ。
ギシ、と寝台へ降ろすと琳麗の顔脇に腕をついた。瞳を開けば、額と額は微かに触れ、顔が目の前にあった。


「……せぇ、らん…」

「…他の男を見るなんて許しませんよ」


その真摯な眼差しに琳麗は絶句してしまう。だが、紡がれた言葉の息が口唇にかかる。触れるか触れないかの距離だった。
驚いているのだが、そのぎりぎりの境界がなんだか、気恥ずかしかった。少し目を泳がせてしまう。


「……み、見てないわ…」


しかし、目が泳いだことに静蘭は眉を潜めた。その様子に琳麗はうろたえる。


「……ぁ、あの、静蘭……?」


顔を朱くし、消え入りそうな声を出すと勢いよく口唇が塞がれる。


「……ん、ふっ……んっ」


深い口付けをされ、次に首筋にちりっと甘い痛みが走る。シャラ、と鳴る髪飾りを髪から取ると静蘭はそれを放ったのだった。
カシャン、と床にぶつかる音を耳にしながらも、琳麗は静蘭の腕の中にいた。
接吻だけで朦朧としている琳麗は次にくる刺激に恥ずかしがっていた。夫婦になってからというもの静蘭から与えられる甘美な想いは、嬉しくもあり、恥ずかしい。
額、頬、口唇、首へと口唇が触れているだけで、鼓動が跳ね上がる。しゅるり、という帯が解ける衣擦れが余計に恥ずかしかった。


「……ん、ふ……静、蘭……」

「私だけを見て下さい……」


腕を押さえつけられながら耳元で囁かれた。強引にそれでも優しく、花びらを剥くように身体を露にされていく。


「……琳麗…」

「…静蘭……」


名前を呼ばれ、そっと目を開けると真摯な眼差しとぶつかる。そっと頬に手を滑らせ、琳麗は呟いた。


「……私が傍にいたいのは静蘭だけよ…」


だから、不安にならないで。そう言う琳麗に静蘭は目を見張った。
さっきまでのギラギラとした嫉妬心が嘘のように消えていくようだった。そして今度はゆっくりと口唇を重ねたのだった。



   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



琳麗が次に目を醒ました時には夜着を身につけていた。


「……んぅ…」


目を擦りながら起きる姿も静蘭には愛らしいのだ。笑みを浮かべその様子を見ていた。そこでシャラ、と小さな音が琳麗の耳元でなった。


「静蘭? これ……」


耳元の飾りに触れながら琳麗は横にいる夫に目をやった。それに対して静蘭は、にっこりと笑みを浮かべると頬に手を滑らせ、髪を除け耳を露にする。
そこには昼間買った耳飾りが揺れていた。


「私からの贈り物です。どうせなら誰にも邪魔されずに琳麗に渡したかったから……誕生日おめでとう」

「……ありがとう、とっても、嬉しいわ」


花が咲いたように笑う琳麗に静蘭は素早く口唇を奪ったのだった。そして、二人はそのまま朝まで仲良く眠りについたのだった。


翌朝、燕青たちが心配していた静蘭の不機嫌さはあっさりと消失されていた。そして、琳麗の耳には美しい耳飾りがつけられていたのだった。




END


あとがき

3rd anniversary novelとしての話です。裏部分は「深淵の闇」に置かせて頂きます。
まあ、本来なら裏夢のはずだったのですが、前置きだけで十分長くなり裏は別にいたしました。
ご拝読ありがとうございました。フリー配布は終了です。


2007/09/16

- 11 -

蒼天の華
恋する蝶のように