和やかな朝の風景
それはちょっとした騒動が起こる前のことであった。
着任式が終え、ようやく州牧邸に移動したごく最近だった。もう州牧二名と州尹一名、専属武官一名、侍女一名の計五名、それに暫くのあいだ女人が一名お世話になっていた。
後はもう一人の州尹である鄭 悠舜を迎えるべきなのだが、長年ほったらかし状態であった州牧邸は、室は散らかり、埃まみれの草茫々である。
「……これは、掃除のし甲斐があるって感じねぇ…」
朝の庭院を眺めながら、それでも室内の掃除を先にしなければ彼らが生活するのに支障が出るわね、と考えながら邸内に入った。
中に入れば、前の主である人物が、この邸内の新たな主の一人である妹に叱責されていた。
「ちょっと、燕青っ! その髭剃りなさいって言ってるじゃない!」
「やっ……これは、色々忙しくて、だな……」
「そのいかにも剃り忘れたって感じの伸び具合、気になるのよ」
なにやら、髭についての身嗜みで怒られているようだ。
今まで燕青のような人が周りにいなかったせいもあり、秀麗には髭が微妙に伸びているのも気になるらしい。
(父様も、静蘭もきちんとしていたし……劉輝様はもちろん、楸瑛様や絳攸様も抜かりはなかったしね)
それに妹の心に深い傷を負わせたあの茶 朔洵も綺麗にしていたし、影月くんはまだ若いし、基本的に免疫がないのよね…。と琳麗は考えながら、二人のじゃれあうような姿を眺めていた。
「どうなさいました? 琳麗様」
「静蘭。んー、あの二人面白いなぁって思って」
琳麗の見ている方を見て、静蘭は眉を潜める。
年上である燕青が自分よりも遥かに年齢の低い秀麗にペコペコと頭を下げているのだ。なんとまあ……。
「……情けないですね。――なんですか?」
あまりの燕青の情けない姿にボソリと呟けば、視線を感じ横を見れば、琳麗がじーっと見てくる姿に戸惑ってしまう。
「……静蘭は、あまり髭生えないのね」
「は? えっ……」
「薄いのかしらね」
劉輝様も生えたりはあまりしていないようだから、そういう家系なのかもしれないわね、と琳麗は思っていた。
隣の静蘭が何も言う間もなく、琳麗はもう一度秀麗たちに目線を戻すと、燕青と目が合ってしまい、にっこりと笑みを浮かべた。
「ちょっ、琳麗姫さん! 笑わないでくれよ〜」
「ごめんなさい、なんだか見ていて楽しくって」
「姉様! 姉様からも言ってよ! その無精髭剃りなさいって!」
「だーっ! 姫さんは分かってねぇな、前にも言ったけど男らしさってのは無駄毛にあるんだ! 特に髭は大事なんだぞ! 男の浪漫なんだ!」
「……男の浪漫…」
ポツリと反復すると、燕青は琳麗の肩をガシッと掴んだ。
「そう、男の浪漫! 琳麗姫さんならそろそろ分かる頃だろ!」
「……えと?」
さすがに意味が分からず、小首を傾げるしかなかった。
「まだ姫さんくらいの歳じゃ、無駄毛の良さはわからんかもしれん。だけど大人の女と大人の男にとっちゃ違うって、琳麗姫さんなら分かるだろ!?」
「燕青っ! 私と姉様はひとつ違いよっ! 分かる訳ないじゃない!」
なぜ髭から無駄毛なのか、琳麗には訳が分からずにいた。
「琳麗姫さんは無駄毛処理している野郎をどう思う!? やっぱ駄目だろっ!?」
その一言に、琳麗の肩から燕青の手を退かせようとしていた静蘭が反応したのは言うまでもない。
「私は……そうねぇ……」
うーん、と頬に手を当てながら琳麗は首を捻る。
そんなこと考えたことなんて一度もない。処理するしないは個人の自由だし、はっきりいってしまえば興味なんてなかった。
武師である宋太傅のはべつにそんなのを気にもせずだったし、静蘭や楸瑛たちに関しては本当に考えたことはない。
「別に駄目ってことはないと思うけど……?」
「けど? 琳麗姫さんまでなんか否定的なこと言うのかよー」
「ち、違くて……その個人の自由だし別に気にしないって事よ。それに……好きな人がどんなであっても気にしないと思うのよ。
自然でいられればそれでいいし、その人が髭を生やしたいっていうなら止めないし、剃りたいっていうならそれも止めないわ。でも不精髭はきちんとした方がいいと思うわ」
にっこり、と笑いながら話す琳麗に燕青はポリポリと頬をかく。
「でもさー、それって生やしてもいいけど、きちんとしろって事だよな?」
「そうね、そうなるかしら?」
「ほら、だから言ったじゃない。それに燕青のは生やしてんじゃなく、伸ばしっぱなしの無精髭なんだからちゃんと剃りなさい! むさ苦しい顔で補佐なんて許さないわ!」
「しゅ、秀麗、そんなに目くじら立てなくても……」
「だってだって、燕青の事だから言わなきゃ、ずーっと、放って置いて、きっともじゃ髭になっちゃうわよ」
その発言に燕青は「ひでっ」などと言いつつも否定は出来ない。
「あら、そんなことないわよ。ねぇ、燕青さん?」
「……え、えーっと…」
「それに燕青さんは髭があってもなくても、素敵だからいいと思うけど?」
にこにこーっと笑う琳麗に秀麗も燕青も何も言えなくなった。しかし、琳麗の少し後ろに控えていた静蘭は燕青に殺気を飛ばしていたのに琳麗も秀麗も気がつかない。
自分の親友(自称)の狭量さに、燕青は泣きたくなってしまったのは言うまでもない。きっと暫くの間はネチネチと虐められそうである。しかし……。
「だって、燕青さんの良さが髭のあるなしで左右される訳ないじゃない」
とても嬉しい事を言われ、燕青は思わず笑みを零してしまう。
静蘭の性格も変わるのも分かってしまうようなくらい、温かな気持ちにさせられる。
目が合えば、見惚れる程の満面の笑みを浮かべられたのだった。
「でも、なんで髭を剃れだなんて今更言っているの?」
昨年の夏は別になんとも言っていなかったのに?と小首を傾げると
「なんだか、文官として嫌なのーっ!」
そう叫ぶ秀麗に琳麗は可笑しそうに笑い、燕青はがっくりするしかなかったのだった。
END
for.清流様
あとがき
清流様へ相互記念小説
すすす、すみません!こんな訳の分からない話を進呈してしまいまして!
番外編という事でしたので、調子にのって燕青とか出してしまいました。
しかも誰夢なのかと疑問がある物になってしまいました……ああ、文才が欲しい。
こ、このような物でよろしければ受け取って下さいませ。要らなければペイッと投げてしまって下さいませ。
題材は髭話と無駄毛話になってしまいました。大好きなんですあの力説するシーンが(笑)
で、夢主さんはかなり寛大というか、外見で人を見ない人なので髭くらいでは気にはしません。
もちろん秀麗もそんな風だと思うのですが、仕事をするのであればちゃんとして欲しくて言ってるのです。
なんか書いていて心の器の差が出来てしまって、文才無いのに凹みました。
とりあえず、読んで下さりありがとうございました。
感想頂ければ嬉しいです。
こちらは清流様のみお持ち帰り可でございます。
2008/01/14
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