花言葉


今日も府庫にて恒例の勉強会が行われていた。そこへひかえめに扉を叩く音がして、皆が振り返った。


「琳麗……どうかしたのか?」

「そろそろ休憩はいかがかと思いまして」


持っていた籠を持ち上げると絳攸は持っていた書物をパタンと閉じた。


「そうだな、そろそろ休憩にしましょう」

「ありがとうございます、絳攸様。手伝うわ、琳麗」


絳攸に礼を言って秀麗は入ってきた琳麗の傍によった。


「大丈夫ですよ、秀麗様。あちらに座っていて下さい」


主上がいるという事で琳麗は秀麗を貴妃扱いしている事に妹として秀麗は少しだけ、複雑な気分だった。


「……そう? あ、じゃあ、藍将軍と静蘭を呼んでくるわ」


そうして、隣室にいた楸瑛と静蘭を呼びに言ったのだった。
椅子に座る劉輝と絳攸の前に置き、秀麗と静蘭、楸瑛の分のお茶を卓子に置いた。
そして「藍将軍」という言葉に琳麗は思い出し、持ってきていた包みを持ち三人が来るのを待っていた。
その包みに気付いた劉輝は首を傾げた。


「琳麗、それはなんなのだ?」

「え? ああ、藍将軍にお借りしたものですわ、劉輝様」

「楸瑛の……?」


疑問符を浮かべる二人に琳麗は笑顔で頷いたのだった。


「私がどうかしたのかい?」


いつの間にか来ていた楸瑛に琳麗は後ろから抱きつかれた。


「ら、藍将軍っ!?」

「やあ、琳麗殿。今日もまた一段と麗しいね」


そう言葉を紡いだ瞬間、背後からチャキっと音がしたと同時にどす黒い気が立ち込めた。
絳攸と劉輝は、その方を直視することが出来ず顔を逸らしていた。


「藍将軍? いつまで琳麗様にくっついているのですか?」

「あ……いや……静蘭? その物騒な物から手を離してくれないかな?」

「藍将軍が琳麗様から離れましたらいいですよ?」


背後でどんな事が起きているのか琳麗からは見えていないが、静蘭の形相はそれはそれは素敵な笑顔だったらしい。
ようやく解放され、見上げた楸瑛はなんだか青い顔をしていた。


「……どうなさいました? 顔色が優れませんが…」

「ああ、琳麗殿に心配されるだけで癒されますよ」

「そうだ、私、藍将軍に渡したいものがあったんです」

「私に?」


聞き返す楸瑛に琳麗は「はい」と頷き、包みからきちんと畳まれた藍色の衣類を手渡した。


「先日の湖の折りにお借りしておりました藍将軍の服です。申し訳ございません、遅くなりまして」

「いや、いいよ。気にしないでおくれ」


少し前にみんなで行った湖で琳麗は、転んでしまい湖に落ちたのだった。その時、静蘭が楸瑛から上着を剥ぎ取って琳麗に掛けた服である。


「それと……お礼という訳ではないのですが、私が縫った手巾です」


綺麗に畳まれた薄藍の手巾に見事な花の刺繍がされていた。
すでに似たような物を貰っていた静蘭、絳攸は少し顔を潜めた。

(自分だけに、ではなかったのか)

なんだか他の男にも手渡しているのを見ると複雑な気持ちになった。


「ありがとう、琳麗殿」


嬉々としてその手巾を広げた楸瑛は、描かれていた刺繍の花を見て少し戸惑った顔をした。


「どうなさいました? 藍将軍。お気に召しませんでしたか?」

「いや……その」

「その花が藍将軍にぴったりだと思いまして」


満面の笑顔で話す琳麗に静蘭、絳攸、劉輝、そして秀麗は手巾に描かれている花を見たのだった。
次の瞬間、静蘭と絳攸は珍しく口の端を上げ、劉輝も笑いそうになっていた。秀麗は、その花を見てさすがにぎょっとしていた。


「ちょっ、ちょっと! 姉…じゃなかった! 琳麗、これはないんじゃない!?」

「え? なにがです?」


キョトンとする琳麗に秀麗は肩に手を置いた。


「いくらなんでもこれはないわ! 花の意味って……」

「花の意味……えと、なんでしたっけ?」


小首を傾げた琳麗に秀麗は脱力したのだった。


「いや、これはこいつにぴったりだと思いますよ、秀麗殿」

「そうですね、藍将軍にはこれ以上ないくらいぴったりの意味ですよ」


うんうんと頷く二人を見て、琳麗は困ったように秀麗を見た。秀麗は、本気で琳麗が花の意味を忘れている事にため息をついたのだった。


「あのね、琳麗……紫陽花の花の意味は【移り気・浮気】よ」

「え…………えぇっ!? や、やだ、私ったらすっかり忘れてしまってて、申し訳ございません!」


慌てて楸瑛に頭を下げる琳麗は、頬を赤く染めてなんだか愛らしくて彼は目を細めた。そして、おもむろに手を伸ばすと


「これで許してあげるよ、琳麗殿」


ちゅっと琳麗のこめかみに口唇を寄せた。
片目をつぶって甘く笑うが、その行為にこめかみを押さえて真っ赤になる琳麗と、間近で見ていた秀麗も顔を赤くしていた。
楸瑛は「おや?」と思ったのだったが、後ろから漂う黒い気に冷や汗をかいたのは言うまでもないことだった。



これはまだ事件が起こる前の和やかな日だった頃の話。


END




拍手使用短文
やはり、楸瑛さんには紫陽花でしょう(笑)
時系列は「はじまりの風は紅く」です。

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蒼天の華
恋する蝶のように