涙
秀麗と影月が進士として、外朝にてせっせと雑用を片付けていた頃、春一番が吹き荒れていた。
微力でありながら風を操れる琳麗だったが、極力自然には手を出さないようにしていた。
秀麗たちに差し入れをしようと府庫へ籠と茶器を持ち、回廊を歩いていると、前から楸瑛が歩いてくるのが見えた。
「やあ、琳麗殿。これから府庫へかい?」
「ええ、秀麗と影月くんと父様に差し入れをと思いまして、藍将軍もいかがですか?」
「ふむ……ではご相伴に与ろうかな?」
そういうと琳麗の手から籠を持ち歩き始めた。その行為があまりに自然だった為、琳麗は感心してしまった。
(なるほど、藍将軍のモテる根源は女性にさりげなく優しくなさるからなのね)
「琳麗殿? どうなさいましたか?」
「いえ、持って下さってありがとうございます」
ふわっと笑った時、ビュッ!と強い風が吹いた。
楸瑛は袖で琳麗を庇うが、強い風は砂埃を巻き上げていった為琳麗は顔を覆った。
「……ふぅ、強い風だったね。って、琳麗殿!? どうしたんだい!?」
「いえ、あの……目にゴミが……」
片目を閉じ、擦ろうとする琳麗の手を楸瑛は止めた。
「擦ったりしたらもっと大変だよ。どれ、見てあげるよ」
そう言われ、琳麗は上手く開けない瞳を開け顔を上げた。涙目になりながら見上げてくる仕種に楸瑛はひそかに胸がなった。
ゆっくりと眦に指を添え睫毛の先についていたゴミを払った。
「……藍将軍?」
「あ、いや! 取れたよ」
「ありがとうございます」
顔が近いせいもあるが満面の、それも安心しきった顔をされ、思いがけず楸瑛の頬に照れが走った。
そして白い頬に手を添えた時――
「何をなさっているのですか?」
「あ、静蘭」
楸瑛にとって、今この状況にとって一番会ってはいけない暗黒の使者が現れたのだった。
金縛りにあったように楸瑛は動けずにいると、静蘭は誰がみても惚れ惚れするような笑みを浮かべ琳麗の頬に添えられた手を叩き離すと琳麗の肩を掴み彼から離したのだった。
「大丈夫ですか? 藍将軍に不埒な事でも?」
「まさか、目にゴミが入ったから取ってもらったの」
眦に残る涙を静蘭は拭い「そうですか」と呟いた。そして楸瑛をみると素敵な笑顔でお礼を述べた。
「藍将軍、わざわざ頬に手を添えてまでしてありがとうございました。さ、府庫に参るのでしょう? 行きましょうか」
「そうだったわ。静蘭も行きましょう。さ、藍将軍も」
「えっ! あ、ああ。そうだね」
三人揃っての府庫への道のりは、楸瑛にとって琳麗を間に挟んだ向こうからの負の気配に涙するものだった。
END
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