とりかえっこ
それは紅貴妃・秀麗の一言によって始まったのだった。
「……絶対、姉様の方が貴妃に相応しいのに」
「どうしたの? 秀麗、急に」
長椅子にもたれながらじっと琳麗を見つめ、秀麗はボソリと呟いた。
「だって、……どんなに私が着飾っても分不相応ってものだわ! それにこういうきらびやかな衣裳、私より絶対姉様の方が似合うと思うのよね」
「そんなことないわよ。秀麗に似合ってるし、あなたは充分魅力的よ。それに恰好とかで貴妃とかじゃないでしょ?」
琳麗はにっこり笑いながら、秀麗の頭を撫でた。
それには、秀麗も少し顔を赤く染めたが姉の横顔を見てため息をついた。
あまり気にはしていなかったけど、やっぱり姉様って綺麗なのよね〜。
城下で暮らしていた時はお化粧なんてする必要もなく、する年齢でもない。だが、後宮に入ってからはさすがに化粧をさせられていた。
うっすらと化粧をした姉は、どこまでも透明で綺麗だとしか言いようがない。
姉妹なのにこの差はなに?
別に自分の容姿は嫌いではない。
姉も人間外見より中身よ!と言っていた。それは確かにだと思うし、その通りだと考えている。
でも……一度姉が着飾ってるのを――――
「そうだ! 姉様、服を取り替えてみない!?」
「え? なに言ってるのよ?」
突然の言葉に、お茶を注いでいた琳麗は目をまるくした。
「だって、姉様が着飾った姿見てみたいわ!……だめ?」
首を傾げてみてくる秀麗に琳麗は躊躇して、ため息をついた。なんだかんだいって琳麗は妹に甘かった。
「…………。……はあ、少しだけなら…」
「やった! そうだわ、珠翠を呼んで手伝ってもらおうっと」
「……えぇっ!?」
うきうきとして珠翠を呼ぶ秀麗の行動に、琳麗は
(……早まったかも)
と盛大なため息をついたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「でーきた♪ やっぱり姉様って綺麗……私が着るより様になってるわ〜」
髪型まで変えて、頭には花や簪などを沢山付けられてしまった。
「ちょっと、秀麗。やり過ぎじゃない?」
「いいえっ! 姉様は自分がどれだけ素敵か自覚すべきだわっ! どうして姉様も静蘭も自分の素晴らしさに気付かないの!? そうだわ! 父様と静蘭に見せましょうよ、姉様」
「へっ? 父様たちにまで?」
「そうよ、せっかくだもの! あ、私は姉様の女官服借りるわね」
「なんでっ?」
「いいから、いいから」
琳麗が着ていた女官服を持って秀麗は着替えに行ってしまった。傍らの珠翠をみると、困ったように笑っていた。
「……大丈夫かしら? こんなことして」
「府庫へ行ってお父上にお見せするだけならば、大丈夫だと思いますよ」
誰かが来たらごまかしておきますから。と珠翠は笑っていた。
琳麗はやれやれとため息をついた。この後の予定は、貴妃付きだったからあの三爺方に呼ばれる事はないだろう。
とりあえず、父様に見せて秀麗の気を済ませればいいのだと、琳麗は思ったのだった。
やがて、琳麗の女官服を着た秀麗と共に府庫へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
府庫へ着くといつも邵可がいる室へと顔を出した。書棚から顔を出せば、いつもの椅子に邵可が座っていた。
「姉様は私が呼ぶまで顔を出さないでね」
「……わかったわ」
小声で話すと秀麗は邵可の元へと出ていった。たぶん、邵可の事だから気付いていたはずだが。
「父様」
「おや、秀麗……どうしたんだい? その恰好は」
秀麗の気配は感じていたが、仮とはいえ貴妃としているはずの秀麗の恰好に邵可は首を傾げた。
あまり驚かない邵可に秀麗は少しがっかりしたが、琳麗を見せたらいくら父でも驚くかも……とワクワクしていた。
「姉様も服を借りてみたの。でね、せっかくだから父様にも見せようって! ほら、姉様」
秀麗が見た方に視線を巡らした邵可は、そこにいつもは秀麗が着ている貴妃服を纏っている琳麗の姿をみた。
「ね、父様! 姉様ってばすっごい綺麗だと思わい?」
「ん、そうだね。琳麗、よく似合うよ」
にこっといつもと変わらぬ笑みに、琳麗は微笑で返した。そののほほんな父と姉に秀麗は、少し脱力した。
「もう! 父様ってばそれだけなのっ!? 姉様がこんなに綺麗なのに」
やや怒ったように言う秀麗に、邵可は苦笑していた。「まあまあ…」と宥めていると後ろから声をかけられた。
「おや、そこにいるのは秀麗殿……それに琳麗殿かい?」
「ど、どどどうしたんだ、その恰好は」
「秀麗お嬢様、それに琳麗様っ!? その姿はいったい?」
いつの間にか楸瑛、絳攸、静蘭が来ていたのだった。三人とも、秀麗と琳麗の恰好を見て驚いていた。
絳攸なんかは琳麗の着飾った姿が直視出来ないのか、横を向きつつチラチラと眺めていた。
「あ、静蘭。絳攸様に藍将軍も」
「こんにちわ、皆さん」
やってきた三人に二人は微笑したのだった。秀麗は静蘭を捕まえると
「ねね、静蘭! どう、姉様すっごく似合うと思わない? 絳攸様と藍将軍はどう思います?」
「……え、えぇ! そうですね、よく似合ってます。琳麗様」
「そうだね、いつもの女官服姿の琳麗殿とお綺麗ですが、こちらもまた一段と美しいですね。ね、絳攸」
「……ま、まあ。悪くはないと思う…」
「あ、ありがとうございます…」
さすがに身内のみならず他人にまで褒められると、琳麗は頬を少しだけ染めた。
三人の言葉に秀麗は「でしょでしょ!」と盛り上がっていた。
そこへ一人いないのに気付いたのか、邵可が口にした。
「おや、主上は一緒じゃないのですか?」
「え、あぁ……主上は、霄太師に捕まっていましたから後で来ますよ。それより、どうして秀麗殿が女官服で琳麗殿が貴妃の衣装を?」
「え、ああ。姉様と服のとりかえっこをしてみたの。だって、姉様の方が似合うと思って」
そんなことを話していると琳麗はいきなり背後から誰かに抱きしめられた。
「しゅーれぃー♪」
「ひゃあぁぁぁぁっ!?」
「姉様っ!?」
「「「「琳麗(様/殿っ!?)」」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
霄太師に捕まり、秀麗と親睦を深める為の企みの話をした劉輝はふんふんと鼻歌をしながら、みなが待っている府庫へと足を向けた。
府庫に入ると皆の姿を見つけ、“秀麗の後ろ姿”を見つけるやいなや駆け寄って抱きしめたのだった。
「ん? なんか抱き心地が……ってなんで秀麗がそこにいるのだ?」
しかし、女官服を着た秀麗の姿を視線の先で確認すると、劉輝は首を傾げた。
ポツリと呟き、劉輝は抱きしめてる人物を見れば女官であるはずの琳麗が秀麗の服を着ていたのだった。
「り、りりり琳麗かっ!?」
「ちょっと! 姉…琳麗に何してるのよ! 早く離れなさい!!」
「うっ…すまない……」
秀麗に怒鳴られ、劉輝は琳麗からそっと離れたのだった。
見れば、邵可はいつもの笑顔だったのだが、静蘭は目が笑っていない笑顔を向けていた。
楸瑛はやれやれといった様子であり、絳攸、秀麗に至っては睨み付けられてしまっていた。
「いや……本当すまない……」
「いえ、こちらこそこのような恰好をしたばかりに申し訳ございません」
「り、琳麗……大丈夫? 変な事されてない?」
「秀麗は余をなんだと思っているのだー? 大体、なぜ秀麗の服が女官服で琳麗はそなたの服を着てるのだ?」
「たまにはいいかもっと思ったのよ! だって、姉…琳麗を着飾ってみたかったのよ!」
憤る秀麗を宥めようと琳麗は、まあまあと落ち着かせ「お茶の準備をして来ます」と言って、秀麗と室から出ていった。
劉輝は、さっき抱きしめた手を眺めているとポツリと呟いた。
「……秀麗も柔らかいが、琳麗はもっと柔らかいな……特にむ――」
その発言に静蘭は笑顔で腰の剣に手をかけ、楸瑛は顎に手をあて「ほほう」と呟き、絳攸は顔を引き攣らせていた。
さすがの邵可も顔を上げて劉輝を見た。
「主上、琳麗殿の触り心地はどうでしたか?」
「ん、ああ……気持ちよかったぞ! って………あ…れ? どうしたのだ、静蘭、邵可…」
チャキ…という音に劉輝は、ギギギと首を向けると大好きな兄上と邵可の怒った笑顔が目に入った。
「主上? 藍将軍? 今、なんとおっしゃいました?」
「い、いやっ! 別に秀麗が貧乳という訳ではなくっ……」
「いや、私もただ、気になっただけで……」
琳麗と秀麗が姉妹と知らない劉輝は、静蘭と邵可が怒るのは秀麗より琳麗の方が柔らかいと言ったからだと勘違いして訂正していたが
楸瑛は、姉と知っていて聞くなんて馬鹿としか言いようがない。
どちらにしても二人が怒るのは仕方がないことだと絳攸は思った。
「…………馬鹿だ」
そう呟き、早く秀麗と琳麗が戻ってこないだろうかと切に願った。
この寒くて黒い気が漂う場所にいるのはつらすぎるのだ。
(……邵可様まで怒らせるとは……黎深様だったらどうなるか…)
やがて、秀麗と琳麗がお茶とお饅頭を携えて府庫に戻ると疲れきっている絳攸と、
ややボロボロになっている劉輝と楸瑛の姿に二人は首を傾けたのだった。
その後、劉輝と楸瑛は琳麗と少し距離をおいて接するようになっていた。
「? 劉輝様、藍将軍? どうしてそんなに離れるのですか?」
「い、いや……兄う、静蘭がな……いや! なんでもない、なんでもないぞっ!!」
「私は近寄りたいのだが……その、ちょっとね」
苦笑いをする二人に琳麗はますます分からず、首を傾げるばかりだった。
琳麗から見えない場所にてチャキ…と小さな音が聞こえた二人だった。
あとがき
拍手使用
なんとなく思いつくままダラダラと書いてみました。
ちなみに劉輝はしっかり夢主さんの胸を掴みました(笑)
もう大変ですよー!上手く書けないから省きましたが、ネチネチと静蘭にイジメられたでしょうね。
藍将軍も一緒に注意(なんてやさしいもんではない!)されたでしょう。
稚拙な御礼で申し訳ございません。
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