ちちのひすぺしゃる
今日も今日とて、彩雲国国王、紫 劉輝は霄太師から話を聞かされていた。
「……というのが東の諸島であるらしいですのじゃ」
「ほぉ…それはなかなか良い行事なのだな」
「ですから、主上。よかったらわしを敬ってみませんかな?」
「誰がくそじじいなんぞ、敬うかっ! それならば邵可や宋太傅をだな……ん? おお! 良い事を考えたぞっ!!」
劉輝は、霄太師をそのままに仕入れた情報を持って秀麗の元へと走っていったのだった。
残された霄太師は、ほんの少し落ち込んだのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
早朝、邵可が府庫に泊まって帰って来ていない紅 邵可邸では普通に考えられない人々が集まっていた。
邸に住む琳麗、秀麗、静蘭は普通だが、そこに居並ぶ人物がありえないのだ。
この彩雲国君主である紫 劉輝、そして二人の側近、左羽林軍将軍 藍 楸瑛と朝廷随一の才人と呼ばれる李 絳攸の姿があった。
「どうしたのよ、劉輝。話があるだなんて」
「そうですよ。しかもこんな朝から何事ですか」
「うむ。東の諸島では今日は“ちちの日”といって“ちち”を敬うという行事があるらしくてな、せっかくだから秀麗たちもどうかと思ったのだ」
「「「ちちの日?」」」
それに皆が首を傾げるなか、楸瑛は顎に手をやり、ニヤニヤと笑った。
「ほう、"ちち"……。東の諸島には、なかなかにして大胆で甘美な行事があるのだな………ひっ!」
楸瑛が馬鹿げた事を言っているとその首にすらりと光る鋭利なものがあてられた。
「何を考えてらっしゃるんですか? いっそ頭に赤い花でも咲かせてみますか? お手伝いしますよ?」
「い、いや、ご遠慮願うよ……冗談に決まっているじゃないか…」
「下品ですよ、藍将軍」
にーっこりと笑う静蘭に楸瑛はアハハ…と渇いた笑いをしていた。横で見ていた絳攸はため息をついた。
「……どこまで腐った花を咲かせているだ、この常春は」
「「…………」」
それに対して秀麗も劉輝もどうしようもないと考えていた。
「……あら? 女性を祭る日じゃないの? 私もびっくりしたんだけど……」
だが、そこで両頬に手をやり、やや赤らめている琳麗に、静蘭も秀麗も劉輝も絳攸も、そして言い出した楸瑛すらもがっくりと肩を落とした。
「り、琳麗様……」
「姉様……」
「「琳麗……」」
誰もが名前を呼ぶだけで、このどこか抜けた思考をする少女はまさに邵可の娘だと確信したのだった。
ゴホン、と劉輝は咳ばらいをして琳麗の肩に手を置いた。
「ち、違うのだ、琳麗。ちちの日とは父親を敬い、感謝する日なのだ」
「そ、そうですよね。やだ、私ったら!」
真っ赤になる琳麗にこんな一面もあったのだな、と劉輝は小さく笑った。
「それは素敵な行事だけど、それでどうしてうちに来た訳?」
「余にはもう父上はいらっしゃらないが、敬うというならば邵可が良いと思ってな!」
「ふーん。でも、いいわね、父の日。父様には確かに感謝したいわ」
いつもなら頓珍漢な事を言ったりする劉輝だったが、珍しく秀麗はいい案だと思った。
「そうね、なにかしてあげたいけど、何がいいかしら?」
琳麗がそういうと秀麗たちはうーんと考えた。
「してあげるといっても、菜やお茶、家事一般は私たちがしているし……かといってお金がないから贈り物もねぇ…」
「そうねぇ……なにがいいかしら。父様が喜ぶようなこと……」
一瞬、お金に関しての辺りで楸瑛は自分が出す羽目になるのではないかと思ったが、珍しくそれは某元公子から提案されなかった。
ちらりと静蘭をみると、考えが読まれたのかため息をつかれた。
「……なにか言いたそうですね、藍将軍」
「いや、そういう訳では」
「あなたにはあとで御馳走を作る時に役に立って頂きますよ? 旦那様の為に良い物を下さるのですよね?」
それはあからさまに食材は楸瑛持ちでという事だった。
「言っておきますが、贈り物を買って頂こうとは考えておりません。
こればっかりはお嬢様たちのお気持ちが入るのですから、お金を頂いたり、買って頂いたりでは意味がありませんからね」
確かにそれでは意味がない。と楸瑛も納得したのだった。
そんなやり取りをしている間に秀麗と琳麗は色々と考えていた。
「そうね〜、いっその事、父様に聞いてみたらどうかしら?」
「うーん。そうね、なんだか考えても何がいいのかわからないわ」
「邵可のやりたい事をやらせてみれば良いのではないか?」
「父様のやりたい事……いいかもしれないわ! ね、姉様」
「そうね、良いかもしれない。ありがとうございます、劉輝様」
劉輝の案に秀麗と琳麗、静蘭たちは頷いた。
帰ってくる前に室を綺麗にしておくことと、美味しい御馳走を作る為に二手に別れ、静蘭と琳麗と楸瑛は町へと買い物に行ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
町を三人で歩いていると、静蘭と楸瑛に挟まれて歩く琳麗は、注がれる視線に感心していた。
両脇を歩く二人の男性はどう見ても美形である。町の女の子たちからのきゃあ〜という黄色い声が面白いくらい聞こえたのだった。
(やっぱり、静蘭も藍将軍も美形なだけあってモテモテね)
クスッと笑い、琳麗は八百屋を目指した。
一方、さっきからクスクスと微笑する真ん中を歩く琳麗に、静蘭も楸瑛もため息をつきたくなった。やたらと声をかけてくる男性が多いのだ。
「あっ! 琳麗さん、こんちにわっ!!」
「琳麗ちゃん、久しぶり。元気だった?」
「琳麗さん、よい天気ですね」
「こんにちは、お久しぶりです」
にこにこと一人一人に挨拶をしては、可愛いらしい笑みを浮かべたのだった。はあ……と静蘭がため息をつくと、楸瑛はくっと笑った。
「……なんですか? 藍将軍」
「いや、君も色々と大変なようだね」
「ええ、全くあちらこちらに害虫がいて大変ですよ」
にっこりと笑う笑顔は目だけは笑っていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
買い物から帰るとちょうど邵可が帰ってきたのだった。
「「お帰りなさい、父様」」
「ただいま。琳麗、秀麗。昨夜は大丈夫だったかい?」
出迎えた愛娘たちに邵可はにっこりと答えた。
「大丈夫よ、静蘭もいたし」
「そうかい。静蘭ありがとう、ところで主上たちはどうしてここに……」
小首を傾げ、後ろに立っている劉輝、楸瑛、絳攸に目を向けた。
「しょ、邵可、今日は“父の日”ということで邵可に喜んでもらいたくやって来たのだ」
「……父の日?」
意味が分からないという邵可に秀麗は説明をした。
「でね、父様に普段やりたくてもやれなかったことをしてもらおうと思うの」
「何かしたいことやして欲しいことあるかしら?」
「遠慮なく申して下さい、旦那様」
「余、余にもなんでも言ってくれ!」
次々と言ってくれる娘たちに邵可は嬉しそうに笑った。――なんていい子たちなんだろう。
「うーん……そうだね〜気持ちだけで充分なんだけどね……そうだ! お茶を淹れてあげよう、みんなでお茶がしたいからね」
邵可はにこにこと笑うと、庖厨へ足を向ける。
「「「「「「えっ?」」」」」」
皆は一斉に声を上げた。秀麗は慌てて
「ちょっ、ちょっと待って! 父様!? お茶なら私が……」
「いや、私がやりたいからね。今日は上手くいくと思うからね」
そういうと引き止める秀麗たちをそのままに、庖厨へ意気揚々と行ってしまった。
「ど、ど、どうしよぉ〜、姉様っ! まさか、こうなるなんて思ってもみなかったわっ!!」
「そ、そうね……」
縋ってくる秀麗に琳麗もどうしたものかと静蘭を見る。静蘭も楸瑛も絳攸もあの父茶の威力を知っているのだ。
尊敬する邵可からもてなされる気持ちは嬉しいが、やはり御免被りたい。ただ一人、邵可の父茶を飲んでも平気な劉輝は、いつもと同じなのでつまらぬと思っていた。
皆がそんな事を思っていると、庖厨の方からは摩訶不思議な破壊音が聞こえてきたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さあ、どうぞ」
卓子に並ぶ、人数分の茶器にみんなは泣きそうになった。ちらりと周りを見渡すと、冷や汗を浮かべている。
そして、顔を上げるとにこにこと邵可は笑っていた。顔中になぜか傷を作って……。
「今日はおいしく淹れられたと思うよ」
「そ、そう……」
秀麗は相槌をうち、琳麗を見た。
ここまで来たら仕方がない。元々は自分たちが言ったことだ、と皆、肚をくくった。
うん!と頷くと、震えそうになる手で茶器を持ち、口をつけた。
「「「「「〜〜〜〜〜っ!?!?」」」」」
に、苦い……苦すぎるっ!
と誰もが思いながらも、少し心配げに見ている邵可を見て…
「お、おいしいわ……父様…」
「そう、ね……さすが父様だわ…」
「結構なお点前…です。旦那様」
「さ、さすが邵可様です……」
「ど、独特のお味だね……」
「うまいのだ、邵可」
一名を除き、邵可を傷付けまい!と賛辞を掲げたのだった。
その後、普段やりたくても出来ない事として、菜を作ろうとした邵可だったが、それは秀麗と琳麗、静蘭から阻まれたのだった。
「どうしてだい? たまには私が……」
「いいから、父様は劉輝たちの相手をしてて!」
「そうです、旦那様。ここは私たちがやりますから」
「……しかしね」
「父様、今日は“父の日”のお祝いなのよ! 父様に感謝をして、ゆっくりしてもらうのに働かせる訳にはいかないわ」
「そうよ! 姉様の言う通りだから、客間で待っててっ!!」
ぐいぐいと庖厨から邵可を追い出したのだった。
こうして、夕餉は驚異的な物にはならず、秀麗と琳麗の美味しい美味しい御馳走になったのだった。
END
あとがき
父の日スペシャルでした。スペシャルか?という感じもしなくはないですが。
一応、先月の父の日の残り4時間限定で拍手に載せましたのであります。ちなみにネタ提供は妹であります。ありがとう!
なんか、ちちの日のちちを勘違いする夢主ちょっと無理めですが、そんな勘違いも面白いかもしれませんね。
とりあえずは駄文ですが、読んで下さってありがとうございました。
2007/06/17
- 9 -