第11話

天に舞う蝶

秀麗ちゃんにお呼ばれされちゃいました。
やはり、訪ねるには手土産は必要よね。と考えて、蝶子は祖父である霄太師を捜すのであった。

「どこにいるのかしら、じぃ様は……」

ブツブツと蝶子は庭院を歩いていた。最近、というか府庫にいる時など窓から元気に走り回る霄太師と官吏の姿をよく見ている。
それは蝶子がこの世界に来てから、ずっと続いているものであった。

「そういや、なんで追い掛け回されてんだろ?」

小首を傾げつつ、蝶子はふらふらと庭院を彷徨った。しかし、どこに隠れているのやら一向に見つかる気配がない。
陽射しが暑いこともあり、蝶子は四阿を見つけそこへ入り込んだ。
石で出来ている為か、意外にも涼しいが、ほんのちょっとの差である。石卓に肘をつきながら、手土産の事を考えた。
夕食に誘われたのだから、食糧の方がいいのだろうか?いやいや、いつも母や祖母は送り物は実用性があるものがいい、と言っていたが……。

「実用性……ってなんだろ?」

元いた世界では実用性のある物、あっても困らず必ず使うものは洗剤やら、油とか……?
なんか微妙に違うような気がして、頭を振った。
そもそも油はともかく、洗剤なんてそんなに必要なんだろうか?需要度がいまいち分からない。

「あ、調味料とか?……それが手土産ってどうなんだろ?」

うーん、頭を傾げるしかなかった。だからといって、暑い季節だし、冷蔵庫ないからすぐ食糧は駄目になりそうだし……。わ、分からなすぎる。
うーん、うーん…と悩んでいると不意に声を掛けられた。

「そこで何をしているんだ」

振り向けば、なにやら頭に葉っぱをつけている絳攸がいて、蝶子は驚いた。

「こ、絳攸さん?こそ、何してるんです? そんなに泥だらけになって」

「べっ、別にどうでもいいだろう!」

ふい、と顔を背けながら話す姿に蝶子は小首を傾げた。

「まあ、そうですけど……あ、そうだ。絳攸さん」

「なんだ」

「えーっと今日、秀麗ちゃ…じゃなかった、秀くんに夕食会に誘われたんですけど、手土産とかってどんなのがいいんでしょうか?」

「なに?」

「え、だから、手土産って」

怪訝そうに聞き返してくるのにもう一度理由を言おうとしたが「違う」と遮られた。

「お前、秀の事知っているのか? その……」

辺りを見回しながら、言葉が小さくなるのを察して、蝶子は小声で答えた。

「はい、前に府庫で会いましたから……秀麗ちゃんと」

「そ、そうか。あっ、この事は主上に……言ってないんだな」

「秘密だと約束しましたからね」

「そうか……」

てっきり劉輝に話してもおかしくないと思っていたが、なかなかこの女性は口が固く、嫌いな部類ではないな、と絳攸は思った。
なにより、あの常春相手に撃退しているのがなによりだ、と思っている。

「あ、で、手土産なんですけど……」

「あ、ああ。そうだな、食べ物とかがいいと思う。……邵可様に聞いてみたらどうだ?」

「あ、そうですね。悩んで要らない物渡すより、聞いて欲しい物あげる方がいいですもんね。じゃあ、私、府庫へ戻ります」

ポンっと手を叩き、蝶子はにっこりと笑った。一礼して行こうとして裾を掴まれた。

「……絳攸さん?」

「お、俺も府庫に用事があるんだ一緒に行こうっ……」

「? は、はぁ。じゃあ……」

不思議に思いながら蝶子が歩き出すと、ホッとしたように絳攸はその後をついて行った。相変わらず、迷子になっていたらしい。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


府庫に着くと邵可さんと、珍しくじい様がいたので驚いた。

「おぉ、蝶子。おぬし、今夜邵可の邸に行くらしいな」

「あれ、なんで知っているの?」

「今、邵可から聞いたんじゃわい」

「ふーん。あ、邵可さん、お招きありがとうございます。それで何か手土産をと考えているんですが、何がいいですか?」

傍らでにこにこと笑っている邵可に聞けば「そんなの要らないですよ」と言われてしまった。
そう言われてしまうと、二の句が続かない。
だが、絳攸は来る道すがら「手ぶらはやめておけ」と言っていたし、やはり何かは必要だろう。とりあえず、何か考えよう。
邵可さんは絳攸さんと何か話し始めているのを眺めながら、蝶子は傍らの曾祖父を見た。

「あ、行ってもいいよね?」

「まあ、よかろう。土産はわしが用意してやろう。どうせ頼む気じゃったろうて」

そう話す曾祖父に蝶子は笑った。当たりである。そして、ふと思い出した物を霄太師に頼んだのであった。
あれならば、この世界にもあるかもしれないと思ったのだった。
夕刻、府庫で王の側近二人を待っていた。卓子には手土産としての甘味を幾つか、じい様に用意してもらい箱に入っている。
やがて、二人分の話し声が聞こえてきた。そうして蝶子はいざ夕食会へと向かったのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


馬車、というか彼らが「軒」という乗り物に揺られ、着いた先はでかいが妙にボロ屋だった。

「…………なんか出そう…」

ボソリと呟けは、隣で楸瑛は苦笑していた。絳攸は咳ばらいをしている。

「あ、ごめんなさい!」

「まあ、あまり言わない方がいいかもね」

でないと、あの家人に何を言われるか……。とその時、出迎えにその家人が秀麗とともに出てきたのだった。

「蝶子さんっ!来て下さってありがとう。藍将軍、絳攸様もようこそいらっしゃいました。さあ、どうぞ」

「秀麗ちゃん、やっぱりそういう恰好の方が可愛いね。あ、これ、よかったら食べて」

「え、あ、ありがとうございます。すみません、お招きしたのに」

「だからじゃない。お招きありがとうございます」

男装ではない秀麗の姿を見て、蝶子はにっこりと笑った。
そして、手渡された箱に秀麗は驚いた。まさか、こんなものを貰うとは。と、そこで隣にいる静蘭がなぜか蝶子を見ているのに気付いた。

「あ、静蘭。霄 蝶子さん。霄太師のお孫さんで、劉輝の幼なじみなんですって」

「霄太師の?」

「初めまして、霄 蝶子です。お邪魔いたします。えっと、秀麗ちゃんのお兄さん?」

蝶子がにこりと昔と変わらぬ笑みを向け、挨拶をしてきたが……聞いていないぞ。彼女がいることも、霄太師の孫だとも。
ちらり、と藍 楸瑛を見れば目を逸らされた。
静蘭は蝶子へ顔を戻し、にっこりと笑った。

「初めまして、シ 静蘭と申します。私は兄ではなく紅家の家人ですよ、蝶子お嬢様」

「…………」

「……どうかなさいましたか?」

じーっと見つめてくる様は本当に昔と変わらないが──気付かれたか?
その様子に楸瑛も絳攸も黙ってみているしかなかった。誰も教えていなかったからだ、静蘭が清苑公子であったことを。

「静蘭がどうかした? 蝶子さん」

秀麗の言葉に、蝶子は小首を傾げる。なんだか会った事があるような気がするのはなんでだろうか?──知っている人なんて皆無なのに。

「ん、んー……なんか初めて会った気がしないんだけど、気のせいね。ごめんなさい、静蘭さん。あ、あと『お嬢様』はやめて下さいね」

柄じゃないし、と言って、蝶子は秀麗に案内されて邸内へと入って行ったのだった。
それを見送った後、静蘭はゆっくりと振り返った。
それに楸瑛も絳攸もビクッとなる。いや、どちらかといえば楸瑛の方に刺さる視線がなんとも言えない。

「……彼女は、本当に主上の幼なじみなんですか?」

「え、あ……主上がそう言っていたよ……」

「霄太師の孫、というのは?」

「霄太師がそう言っていたし、蝶子もそう言っていたが」

「……蝶子…?」

ちらりと顔を見れば、絳攸は咳ばらいをし「蝶子殿」と訂正していた。
可愛がっていた妹分を呼び捨てにされたのが、気に障ったのだろうか。

「まあ、いいでしょう。さっさと食材を渡して下さい。お嬢様へお渡ししてきます」

「あ、ああ…」

「え、そうだね」

「いつもありがとうございます。どうぞ、中へ入って下さい」

にっこりと礼を述べ、二人を中へ招き入れたのであった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


居間らしき場所へ通されれば、邵可さんと燕青がいた。

「蝶子さん、いらっしゃい」

「お招きありがとうございます」

にっこりと笑う様に本当にあのくされじじいの孫なのかと、いつも思ってしまう。いったい、あのじじいからなぜこんなに良い子が生まれるのだろうか。

「お、来たなー蝶子」

「燕青、本当に居候中なんだ」

「ん、まぁな。静蘭に会っただろ? 俺、ダチだからその関係でご好意に甘えてるんだ」

ニカッと笑って話す燕青に、さっきの静蘭が友達とは…蝶子はふーん、とだけ思ったのだった。
その時、バタバタと走ってくる足音がしたと思えば、バタンと扉が開いた。

「ちょ、蝶子さんっ! あ、い、た、……」

「どうしたの、秀麗ちゃん? 落ち着いて!」

「あ、あんな最高級羊羹、い、頂いてもいいんですかっ?」

「うん、いいよ」

秀麗の焦る声とは反対に蝶子は簡単に言ってのけた。

「本当は水羊羹にしたかったんだけど、温くなるからやめたの。よかったら食べてね」

にっこり笑えば、秀麗は何も言い返すことが出来ないのか口をぱくぱくさせていた。

「お嬢様、下さるというのですから有り難く頂いておきましょう。ありがとうございます、蝶子殿」

「いえ、お構いなく」

にこにこと笑い合う光景に秀麗、邵可も笑っていたが、燕青は静蘭の笑顔に何かを感じ、楸瑛、絳攸の二人は、なんだか見ていられなかった。
一人はなんにも知らずに笑い、もう一人は懐かしい幼なじみへ向けて笑っていたのだが、後者の思いは誰にも伝わらなかったのであった。




To be Continued


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