第13話
今日も今日とて、蝶子は府庫の陰になる場所にて読書をしていた。
今日のおやつは、プチシューである。一体どこから調達してくるのやら……。聞いてみれば、飛んでくるらしい……意味が分からない。
しかし、それを食しながら本を読んでいるとパタパタと走る音がした。
誰かが入ってくると共に名前を呼ばれ、蝶子は書棚から顔を出した。
「……秀、くん?」
「蝶子さんっ!」
名前を呟くとキョロキョロとしていたらしく、こっちを認めて縋るように近寄って来た。
「ど、どうしたの? 何かあった?」
「しょ、霄太師の居場所知りませんかっ!?」
「じい様? 朝会ったきりで、どこへ行ったかは分からないけど……室にいないの? それか、またそこらへん元気に走り回っているんじゃない?」
サラリ、とした肌触りの良い更衣を掴み縋ってきた来た秀麗に小首を傾げながら蝶子は答えた。
いつものように、じい様に府庫へ連れて来てもらい、その後は会ってはいない。
「つ、つまり、居場所は分からない……という訳ですか?」
「まあ、簡単に言えばそうかな。どうかしたの?」
「いえ……あの霄太師が持ってるという"超梅干し"を分けて頂けたらって思いまして……」
聞けば、今秀麗が働いている戸部が人手不足の危機的状況に陥っているらしく、夏バテに効くというじい様こと霄太師が持っているという"超梅干し"を譲ってもらいたいらしい。
「……はぁ、事情は分かったわ。あの燕青まで施政官に抜擢するまで大変ってことね……。でも"超梅干し"……なんかで夏バテが吹っ飛ぶかしら?」
そもそもなんだその胡散臭い"超梅干し"とは。梅干しは梅干しだろうに。
「そ、それでも縋れるものなら縋りたいくらいなんですっ!」
秀麗なりになんとかしたいという気持ちが伝わり、蝶子は思わず秀麗の頭を撫でてあげた。
「優しいねぇ、秀麗ちゃんは。じゃあ、一緒に探して奪い取ってあげるよ」
にや、と笑う蝶子に秀麗はなんだか苦笑してしまった。
暇を持て余していた蝶子にとっては面白そうと思ったのだった。こんなところが似ているとは蝶子は知るはずもなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二人一緒に捜すのも時間の無駄だから、と別々に捜すことにした。
本来なら外朝には入れないが、霄太師というじい様の権限(と劉輝の)で見学という訳の分からない理由により闊歩していても、理由を言えば咎められなかった。
「……これだから偉い人って、アレだよな〜」
ため息をつきつつ、キョロキョロしながらじい様を探していた。
「……蝶子?」
名前を呼ばれ、振り向けば、絳攸の姿があった。
「あ、絳攸さん。こんにちは、じい様見なかったですか?」
「霄太師? いや、見ていないが」
「そうですか、こっちじゃないのかしら?」
むむ、と顎に手を宛てながらやや思案する。
「霄太師に用事かなんかか?」
「うーん、用事なんですけど、私がって訳じゃなくて――……」
秀麗ちゃんが言っていた事を話すと、絳攸も流石に戸部の人手不足に驚かずにはいられない。
「……そうか、それで"超梅干し"を……ってそんなの本当に効くのか?」
「さぁ?」
「さぁって、そんな怪しげな物を頼るのはどうなんだ!?」
肩を竦め、ただそう答える蝶子に絳攸は呆然としながら言った。
「だーかーらー、秀麗ちゃんも怪しんでいたし、でも縋れるなら、縋りたい状態みたいだったから、さっさとじい様見つけてあげようって思ったんですよ。だいたい、"超梅干し"ってなんですか、紀州の梅干しの方がまだマシですよ、きっと」
「きしゅう?」と不思議そうに小首を傾げる絳攸を見て、蝶子は苦笑せざるおえない。
と、ふと横を見ればキョロキョロと不審な動きをする幼なじみの姿が目に入る。
「劉輝?」と名前を呼べばこちらに気付いて近寄ってきた。
「蝶子、絳攸。珍しいなこんなところにいるなんて」
「アンタこそ何やってるんですか、仕事はきちんと終わらせたんでしょうねっ!」
へらへらと近寄ってきた劉輝に絳攸はすかさず言葉を投げ付けた。が、劉輝は負けてはいなかった。
「絳攸こそ、どこに行っていたのだ? そなたがいなかったから次の仕事が進まずに楸瑛と探していたのだぞ」
そう、絳攸は王の執務室へ新たな書翰を運ぼうとしていたのだが、迷子になり、城をさ迷っていたのだった。
「……ぐっ…お、俺は、少し散歩だな……少しくらい遅れて、休ませてやろうと思っただけだ! さ、さっさと戻って仕事をだな……」
ぶつぶつ絳攸が話している時、劉輝は蝶子を見て、なぜ外朝にいるかを聞いた。
「蝶子はどうしてここにいるのだ?」
「ああ、ちょっと野暮用でじい様を探しててね〜」
そう返すと、じーっと見つめられた後、ガシッと肩を掴まれた。
「ど、どしたの? 具合でも悪いの?」
「……蝶子、余は……余は……おかしいのだろうかっ……」
「うん、おかしいよね」
「ひどっ! って、まだ何も言っていないのに……っ」
いや、十分この幼なじみがかなり変な事ばっかしてるのを聞いて、頭のネジが数本飛んでいるんじゃないかと思ってしまう。
いくら好きな子にプレゼントがいいとはいえ、あげる物にも限度がある。
秀麗ちゃんや他人から聞いた、一行文やら、ゆで卵やら、氷やら、曼珠沙華やら、藁人形……何をどう考えてそれを好きな女の子にあげるのかが理解不能である。
ぽんぽんと憐れむような気分で肩を叩いてやり、「で、何が?」と促した。
「……うむ、聞いてくれ。最近、なぜか分からないが秀麗の気配を感じるのだ」
「………………へぇ…」
「むっ、嘘ではないのだっ! こう城をふらふら歩いているとたまーに感じるのだ、もうそれが何回もっ! それで、それを確かめたいと思ったのだ」
ぽり、と蝶子は頬をかくしかなかった。というより、この幼なじみは犬かなんかなんだと思う。
(……きっと、前世は犬だったのよ)
じゃなければ、普通気配なんてそうそう嗅ぎ付けないだろうに。
「これは、もしかして、秀麗が余に会いたいって思っているのではないか、と最近思うのだが……」
(……いや、寧ろ会いたくないらしいけど…)
こうも思いきり片思いを見るなんてそうそうない機会だ。こりゃ、じい様や楸瑛さん達が愉しむのも仕方がない。
「……あー、そうかもね」
「って、お前ーっ! 俺の話を聞いているのかーっ! さっさと仕事に戻るぞ、馬鹿王っ!!」
辺りに人がいないとはいえ、国の王がこんな扱われ方でいいのかと思ってしまう。
だが、劉輝はそれを嫌と思っていないようなので、あえて何も言わないが。
ずりずりと引きずられていく幼なじみに蝶子は手を振るのだった。
二人が歩いていった先の曲がり角の方から、「ちょっとあの壷が気になっただけだっ!」と絳攸の声が聞こえ、小首を傾げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
騒がしいのが去ったのち、じい様捜しの放浪をしようとしているとパタパタと足音が聞こえた。
「あ、蝶子さん」
「秀れっ……秀くん。じい様見つかった?」
可愛い姿に思わず名前を呼んじゃいそうになりながら、訊くと目の前にやってきて「はい」と答えた。
「そりゃ、よかった。けど、"超梅干し"は貰えなかったようだね」
「はい。というか"超梅干し"なんて嘘でしたけど、お医者さんを紹介して頂きました。まさか、霄太師と知り合いだったとは思わなかったんですが」
「そっか、よかったね」
「はい、蝶子さんにもお手数おかけしました」
頭を下げる秀麗に蝶子は微苦笑し、頭を撫でる。暇だったから協力したのに…。
「気にしないで、秀くんが一生懸命だったから手を貸したまでだよ。……それにしてもナイスタイミングだったね」
「は?」
ナイスタイミングという聞き慣れない言葉に小首を傾げながらも、蝶子は苦笑しながら言葉を続けた。
「ん〜〜、ついさっきまでここに劉輝がいたからさ、まあ、劉輝にとっては残念だろうけどさ。秀くんに会いたがっていたから」
「そ、それは……」
秀麗は何も言えなくなった。もう劉輝と自分を繋ぐものがない。もう秀麗は後宮に入宮する気がないからだ。
渋る様子に蝶子は苦笑するしかない。自分の知らない事があるのだ。それに踏み込む程、自分はやさしくはない。だが
「……ま、劉輝の幼なじみとしては会うのが駄目なら手紙の返事くらいしてあげて、って感じかな。でもそれは他人がとやかくいうことじゃないし、押し付ける気もないから、気にしないでいいよ。劉輝とは幼なじみだけど、秀くんとはいいお友達だと思っているからさ」
「……すみません…」
「だから、気にしなくっていいってば。こういうのは本人同士の問題なんだから……」
周りに色々振り回されて、自分はえらい目にあった──そんな言い方をする蝶子に秀麗はなんて言えばいいのか分からなかった。
やや陰りのある瞳が、いつもの楽しそうな瞳になる。
「じゃ、私そろそろ戻るね」
「あっ、はい。ありがとうございました。あ、あと……また遊びに来て下さいっ!!」
「うん、ありがとう」
秀麗に手を振って、踵を返して府庫へと戻った。
その時の表情はなんとも言えない、無表情に近かったのを誰も知らなかった。
To be Continued