第14話

天に舞う蝶

「はぁ? 夜這い?」

「うむ、秀麗のところへ行くのだ」

「……いつ?」

「四日後だ、蝶子も行くか?」

劉輝が一緒に夕食を。とせがむので、一緒に食べていればいきなりの発言にミートボールを落としそうになった。
キラキラと眩しく輝く瞳と、今発した言葉が結びつかない。しかも、一緒に行くか?とお誘い付き。

「最近やけに『秀麗の気配』がすると言ったろう。これは虫の知らせだと思うのだ、そう、秀麗が余を呼んでいる!」

箸を持ったまま立ち上がる劉輝は、なんだか暴走していた。かなり自分勝手な解釈の仕方だ。

「劉輝、箸持ったままじゃ危ないよ」

「う、うむ」

見上げてそう言うと、ストンと椅子に座り直した。
うーん、素直なんだが、一般的な事がなにか欠落しているのは気のせいか?

「えー……っと、夜這いって、さぁ……」

「もう邵可には文を出しておいたし、構わないという返事も貰っている」

「…………いいんだ…なんつーか、なんて書いたの? その手紙……」

夜這いしていいか?と好きな人の父親に聞いた揚句に、構わないっていう返事って、何て書いたのかが、かなり気になる。
それとも、妻訪い婚かなんかなのか?

「夜に訪ねる。できれば秀麗のご飯が食べたい。二胡も聴きたい。邵可と静蘭と一緒に一晩過ごせればありがたい。空いてるのは四日後なのであるがどうだろう、と」

そらんじた言葉に蝶子はテーブルに突っ伏したくなったが、料理が並んでいる為出来なかった。そして、ひく、と頬を引き攣らせた。

「……それが、夜這い…?」

うきうきとしている劉輝に、蝶子は額に手をやった。

(……夜這いって、そんなもんだっけ? いやいや、違うだろ!)

つい、頭の中でツッコミを入れる。もしくは自分の持ち合わせている『夜這い』の意味と、この国での『夜這い』の意味が違うのかもしれない。

「どうしたのだ?」

「うーん、ちょっと文化の違いに驚いた、というか、なんというか。まぁ、こっちのこと、気にしないでいいよ」

きょとんと小首を傾げ見てくる劉輝に、蝶子は微苦笑しながら答えた。

「で、蝶子も行くか?」

「んー? いいよ、泊まりなんだし、劉輝は楽しんできたらいいよ」

「……そ、そうか…蝶子もいたら、きっとあに……いや、静蘭も喜ぶと思ったのだが……」

「? なんで静蘭さんが喜ぶの?」

「あっ! いや、なんでもないのだ」

わたわたと焦る劉輝に半目でジトリ、と見るが目を逸らされてしまった。
劉輝も蝶子からの視線を感じながらも、黙々と料理に手をつけた。
ややあってその怪しむような視線が消え、ホッとしながら蝶子を見れば自分と同じように料理に手を伸ばしていた。

(……せっかくだから、兄上と蝶子と三人で過ごしてみたいと思った。あの頃のように)

そんな風に劉輝は思っていたのだった。
幼い頃の三人の記憶。他の兄上たちに虐められ、蝶子と二人で隠れていれば、清苑兄上がやってきた。
隠れて寝入った自分たちを起こすのは兄上で、寝ていたせいかいつの間にか夜になっていたが、蝶子に促され見上げた天は、満天の星。
それを三人で寝そべって眺めては流れ星を待っていたりした。
だから、つい昔を懐かしんで、また三人で満天の星を眺められたらいいだろうか、と夢見てしまう。今度は秀麗も一緒に。

「……蝶子、」

「ん?」

「その、やっぱり一緒に行かぬか? 邵可にも蝶子も一緒にいいか尋ねるから」

じっと見つめてくる劉輝に、蝶子は溜息を吐いた。──そんな風にされたら、断れられないではないか。
昔から、じっと見つめてお願いする劉輝には弱かったな、と思い、蝶子は頷いたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その日、蝶子は初めて宮城から外へと出てみた。いや初めてではないが一人では初めてだった。
劉輝はまだ執務があるから、仕事をしているがそれが終われば秀麗宅へとお邪魔することになっている。
蝶子は府庫の本を全部ではないが、興味あるものを見てしまい(読んだわけではない)、たまにはお土産を自分で選ぼうと考えた。
じい様に頼み、金子を貰い、劉輝には直接秀麗宅へ行くからと託けを頼んだ。

「大丈夫か?」

「なんとかなるよ、それに馬車、じゃない、軒?を使わせてもらうし」

「そうか。困った時は念じるがいい、助けに行くからのう」

ぽんぽんと皺々の手が蝶子の頭を撫でた。(念じる?)というのに疑問を抱きながら、蝶子は軒に乗り、宮城を後にした。
それを見送った霄太師は髭を扱きながら

「まあ、大丈夫じゃろうて」

と一人ごちていたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


初めてみる光景に蝶子は映画のセットか、別世界に来たような気がして、窓からキョロキョロと辺りを見渡していた。
確かに別世界なのだが、なんだかリアルにそれを考えないようにしていたのかもしれない。
もしかしたら、現実の世界では自分は寝ていて、これはただの夢なんかじゃないのかと思ってしまうのだ。
だから、不思議としか言いようがなかった。
とりあえず、賑わう街まで来ると送ってくれた御者に礼を言えば、驚かれてしまった。
元々街までの約束で、ぶらぶらしてちょうどいい時間になったら軒を拾う予定だった。まさかぶらぶらに付き合わせる訳にはいかないし、待たせてると思うと買い物も出来ない。
霄太師も分かっていることだからと言えば、御者は礼をして戻っていった。

「さて、と」

軒が去っていくのを見送ってから、蝶子は踵を返した。
目の前に広がる光景に感嘆とする。やはり映画のセットか、某なんとか村みたいに思えてくる。
行ったことはない、中国とかはこんな風なのかとも思うとなんだか面白い。
軒並みに並ぶ店に、露天商などなど普段は見ない光景にわくわくしてしまう。簪を売っている店を覗けば、可愛いのがあった。

(なんか、こういうの秀麗ちゃんに似合いそう……)

ピンクの小花がついた簪はひかえめで、なんだか可愛いらしい。
男装姿と前に見た私服姿しか見たことないが、こういうのを着けてみたくなるのは可愛いと思うからだろうか。
きっと妹とかいたら、自分は着飾って遊びそうだな、と思うと笑いたくなる。

「……お土産、コレにしようかな……」

劉輝も連名にしてあげよう。あの変なプレゼントしかしない幼なじみの株を少しでも上げてあげよう、なんて思うのはお節介かもしれないけど、やはり、大事な幼なじみだ。
うん、と頷くと店主に購入する旨を伝えたのだった。
一通り街並みを見て廻り、邵可さんや静蘭さん、燕青へのお土産はお団子にしてぶらぶらと歩いていた。
ふと2メートル程前を歩く全身黒装束が二人、目に入る。この暑いのになんつー姿……。黒子か?
だが、なんだかよろよろ歩いている、かと思えば小さい黒装束がぱったり倒れた。

「へっ?」

「おい曜春、曜春!?」

隣で歩いていたもう片方の黒装束が慌てたように抱き起こし、揺すろうとした。
蝶子は思わず駆け寄り、彼らに対して二つの言葉が重なった。

「「揺すっちゃだめ(よ)!」」


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「「えっ?」」

「蝶子さん?」「秀麗ちゃん?」

重なった声に蝶子は目の前を見ると、そこにはお宅訪問する予定の秀麗がいた。
秀麗もまた王宮にいるであろう蝶子の姿に驚きを隠せなかったが、とりあえずは目の前の黒装束の方が問題だ。
蝶子が手早く曜春と呼ばれる覆面を外すと、すかさず秀麗が額に手を当てる。

「……熱中症ね。この暑いのにこんなの着込んで……まったく何考えてるわけあなたたちは」

「ほら、あなたもとっとと上着脱いで。君、名前は?」

呆れながらもう片方の黒装束に話しかけ、覆面を外してやった。

「某は翔琳と申す。そっちは曜春……」

蝶子が名を訊くと、秀麗は軽く曜春の肩を叩くと、耳元で名を呼んだ。

「曜春くん、曜春くん、聞こえる?」

「……う……はい……」

「よかった。意識はあるみたいね。脈は……弱いけど、すごくってわけでもない。呼吸は大丈夫ね」

「でも手足の痙攣があるみたい。右のふくらはぎが少し。秀麗ちゃん塩もって──るわけないか」

「ええ、あなたは持って──ないわよね」

次々言われる言葉に不安になりながらも、塩の単語に翔琳はハッとした。

「持ってるぞ! あ、ああしまった! あの怪人仮面男に全部投げ付けてしまったぁっ!」

「「怪人仮面男?」」

二人の脳裏に同じ人物が浮かび出されてるとは互いに思わない上に、秀麗はまさかね、とすぐに打ち消した。

「ないのね。じゃ、すぐに近くの家に行ってお塩と水を」

秀麗の言葉に頷くと同時に、横から声がした。

「ほい姫さん、食塩水と砂糖水」

「燕青。よくわかったわね。ありがとう。問題は飲めるかどうかだけど……」

濃度を確かめ、曜春の口に食塩水を含ませると、ややあってこくりと嚥下した。

「飲めるみたいね。あとは冷却ね。秀麗ちゃん、氷は?」

「えっと……氷は高いし。それにここらへんじゃ無理だから、うちに運びましょう。燕青、運んで──」

くれる?と言うより早く蝶子が曜春を抱き上げた。

「お、おい、蝶子。俺がやるぞ」

「ん、平気だよ。それより早く行かないと」

「あ、そうね。えっと葉医師に往診してもらって」

移動しようとした時、「──私の家の方が早い」と不意に涼やかな美声がした。
二人は振り返り──秀麗は絶句し、蝶子は呆然とした。そこにはまさに絵にも描けないような美人の姿があった。
燕青もまじまじと目を見開き、無意識に「……すげぇ」と呟いた。
確かに凄い。凄すぎる。こんな美人があってもいいのか?と思えてしまう。そして翔琳が「あぁっ」と声を上げた。

「お前は! 怪じ……」

「この少年を助けたかったら黙っていろ。寄越せ、いくら子供でもこの暑さでは無理だ」

じろり、と美人に睨みつけられ、翔琳はうっと口をつぐんだ。
蝶子の腕にいる曜春を引き寄せ、燕青に押し付ける仕種も優美で、蝶子は曜春を落とさなかったことだけに自分を讃えてしまいそうになった。
その美貌の君も驚く蝶子の姿を見ながら、意識を飛ばさないのにやや興味が湧いたが、今は大事な用がある。

「ありがとう、ございます……」

「軒を寄越す。待っていろ」

「へ、あ、はぁ」

すれ違いざまに美貌の君は燕青になにかを告げると、人込みに紛れていった。
燕青は、ア然としながら無意識にまた呟いた。

「……嘘、だろ…」

「? 燕青、どうかした?」

「いや、あぁ、別、に……」

なんとも歯切れの悪い言い方だが、仕方ないかもしれない。あんな絶世の美貌を見せられれば、思考もおかしくなりそうだし。秀麗ちゃんも、未だに呆然としたままだ。
つか、本当になんなの、この国って!
美形だらけに蝶子はこめかみを揉んだのだった。



To be Continued


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