第15話
熱中症の少年を助けてみれば、秀麗ちゃんと燕青にバッタリ。
そうしたら、すっごい美人が現れて、あまりの綺麗さに何だか女としてふて腐れてしまった。まあ、あまり外見は気にはしない主義だけど、あんまりだ。
なぜか一緒に行く事になり、まあ、元々秀麗ちゃん宅へ行く予定ではあったけど。連れて来られたのがまたまた大邸宅だった。
名前を聞いてみても、答えては貰えず(なぜか燕青に止められた)、邸に入る時も裏門からこっそり。
こんな大邸宅なら使用人がいるのでは?と思いながらも、彼が手引きをして離れに曜春くんを運んだのだった。
呼ばれて来た葉医師と秀麗ちゃんが手当てをしている間、蝶子はどうしたものかと扉の前にいた。
隣には翔琳も立っていて、心配なのだろう、不安そうにしている。
「……えーっと、翔琳くん、だっけ? 大丈夫だよ、お医者さんも来てくれたんだから」
「……う、うむ。しかし……」
はっ、とこちらを向いて答えるもまたすぐに曜春がいる扉を見ている。心配なんだな、と思いながら少しでも落ち着かせようと、頭を撫でてやった。
びく、と身体を揺らし、見上げてきたのを見て微笑すれば、小さな声で「……かたじけない…」と呟いたのだった。
まだ、子供なのだ。仕方がないかもしれないな、と思いながら蝶子もまた扉の向こうを見つめたのだった。
「おっ、蝶子。優しいな〜」
「燕青。茶化さないでよ」
「んー気にするなって、いい事じゃんか。しっかし、のこのこ山から出てくるからこんなことになんだぜ? 翔琳、だっけか」
燕青はぐりぐりと蝶子の頭を撫でた後、翔琳を見下ろして溜息をついた。
「ちょっ、髪がぐしゃぐしゃになるじゃない!って知り合い?」
「いや、知り合いって訳じゃないけど、な」
青い顔をしていた翔琳は、驚いたように顔を上げた。
「なんで……」
「……お前ら、いったい何しにここまできたんだぁ? まったく。すっかり当初の目的忘れ果ててやがるな?まあだからこそ俺も毎晩木の上で野宿してたお前らほっといたんだけど。追っかけてる相手忘れんなよバカタレ」
呆れながら、長い前髪をかき上げると、左頬に十字傷が現れる。それを見た翔琳は跳び上がった。
「ああっっ、お、おまえ───ッ! くっ、観光に夢中ですっかり忘れてた」
「んなこったろーと思ったぜ……。なんだ、やんのか?」
二人の言い合いに蝶子は意味が分からず、首を傾げ、美貌の君を見れば止めるでもなく黙って見ている。
翔琳はすとんと腰を下ろした。ゆるりと首を振る。
「……やめておく。お前たちは曜春を助けてくれようとしてる。親父殿から恩を受けたら絶対裏切るなって言われた」
「……へぇ、いいお父さんだね」
蝶子がぽつりと呟くが、燕青はカリコリと頬をかいた。
「……なあお前、その"親父殿"についてなんだが、なんかすっげぇ勘違いしてねぇ?」
「何だとぉう」
ちょうどその時、施術室の室が開いた。
「はー、終わった終わった」
トントンと腰を叩きながら、小柄なおじいさん先生──葉医師が出てきた。やけにのんびりした口調に思わず蝶子はホッとした。
がそれを見た翔琳はガバッと立ち上がった。
「お、お医者殿! 曜春は──曜春の容態はそれほどまでに悪いんですね!?」
「……ほい?」
「お医者殿は俺を落胆さそまいとそんな呑気な態度を貫かれて…ッ」
「や、もう全然大丈夫なんじゃが。幸い軽度の熱中症だったし」
「慰めは結構! 軽度で失神までいたしますまい! 男翔琳、万一の覚悟はできております。はっきり言ってくださいッ」
しーん、と座が静まり返った。
蝶子は思わず燕青を見ると、なんともいえない顔をしている。
「え、えっと……翔琳くん?」
「止めとけ、蝶子。多分、いや、言っても無駄だ」
葉医師もこれは何を言ってもだめっぽい、と思ったのか、しかつめらしい顔をつくった。
「……実はな、翔琳殿、曜春殿を救う手立ては一つだけある」
「何でも言って下さいッ。地の果てまでも薬を探しに行きましょうぞッ」
「うむ、この裏手の山に石斛という多年草が生えてるんじゃが、それを生薬にして飲めば」
「曜春の命はかろうじて繋がるのだな!? 今夜中に摘んでくるッ! お安いご用だ」
そうして風のように窓から飛び降り、物凄い速さで夕闇の中に消えていったのだった。
「……速っ」
「……どういう草か、知っておるのかのう……」
「ああ、その点は心配いらないと思います。確かあいつ、ガキの頃から峯廬山に住んでたはずたがら、草木には詳しいはずだし。親父さんも生薬づくりの名人だったし」
「なんだ、燕青。やっぱり知り合いなんじゃない」
「んー、親父さんとは知り合いっちゃー、知り合いだけどな……」
「ふーん」
「……石斛の生薬なら、うちにもあったはずだが。滋養強壮の薬だろう」
「滋養強壮の薬?」
「まあ、何かやってたほうが気が紛れるからのぅ。それにしても」
葉医師は一瞬、蝶子を見た後、眉目超絶秀麗なこの邸の主を見て、てれっと笑み崩れる。
「いやぁ、往診にきてこんな美人さんに会えるとは、ついてるのう。わしの長い人生でもまったく滅多に拝めない美人さんじゃ。……しかしなぜおなごじゃないのかのう」
「……本当、勿体ない…」
ぺたぺたと平らな胸をつまらなそうに撫でる葉医師とそれに便乗する蝶子を、美貌の君は視線だけで見下ろした。
気付かないのか蝶子もうんうんと頷く。全くもって勿体ない。あんなに美人なのに男だなんて。
怒りを抑えた美人の眼差しは、ときに人ひとり簡単に射殺すくらいの効力がある。こうも切れ味鋭い視線を注がれてまったく動じないとは、この葉医師もタダモノではない。
しかし、その横でポツリと呟く蝶子もタダモノではない。この寒くなった室の空気が分からないのか、と燕青はぶるりと身震いした。
美人の指がついと葉医師のみに伸びる。その一動作さえ思わず見惚れそうになるほどだが、何をしようとしてるのか悟った燕青は慌てて蝶子を離し、その腕を寸止めした。
「わわわそこまでっ! お医者さんぶっ飛ばしたら駄目でしょやっぱり」
「……女には手を出さん」
美人はチッと舌打ちをした。
女でなければぶっ飛ばすらしい。その好戦的な様子に自分が女でよかったと思った。
「何、わしをぶっ飛ばそうとしたじゃと? 激しいところも魅力的じゃな〜」
呵々と大笑する葉医師に、ますます眉間の皺を深める人を見て燕青が何かを思っているのを見上げ、蝶子は呟いた。
「どうかしたの、燕青? なにか考え事?」
「んっ、あー…ちょっとある人の偉大さを、な」
ぽん、と頭を撫で、この怒り狂いそうな危険人物をどう止めよう。
というかこの老医師をどうにかしてくれ!と思った時、彼の命を救ったのは、施術室からひょっこり顔を出した秀麗だった。
「燕青、うちまで文出してくれた? ずいぶん遅くなっちゃって……ご飯どうしよう?」
「あっ!」
秀麗の言葉に思わず蝶子が声を上げた。
忘れていた。劉輝のことを。とふと秀麗を見て小首を傾げた。
「どうかした、蝶子さん。蝶子さんも遅くなって霄太師がきっと心配しているわね」
「えーっと……もしかして、知らないの?」
「え、何を?」
「今日「なあ姫さん、今日はここに泊めてもらおうぜ」
燕青の唐突な提案に、秀麗と蝶子の眉根が寄る。
「「……はあ?」」
「気になるじゃん、曜春少年の容態。まだ小せーしさ。一日くらいは様子見が必要だろ。それにもう片方は弓箭みてーに裏山へ飛んでっちまったし、蝶子も心配だろ?」
蝶子と秀麗は顔を見合わせた。
「そりゃ、まあね」
「うん、確かにそうだけど……じゃ、お夕飯の支度だけしたいから、一旦……」
「大丈夫だって。ガキじゃあるまいし、あっちだってなんか適当に食ってるって」
さすがに言ってる事に不審に思う。
「燕青、だったら私が看てるから、秀麗ちゃんが帰ったって……」
「うっ、えーっと、実はここに泊まるって書いて文だしちまってさー」
「ええっ!?」
「は?」
驚き、怒る秀麗だったがペコペコ謝る燕青に毒気を抜かれたらしい。秀麗は溜息をつくと美貌の主に頭を下げ、室へと戻っていった。
蝶子はいまのやり取りに首を傾げながら、燕青を見ると美貌の主となにやら話をしている。と、つんつんと腕を突かれた。
「あれ、先生。いいの? 曜春くんの方は」
「今は秀麗嬢ちゃんが看とるから大丈夫じゃ。それよりお主、霄の曾孫じゃろ」
「えっ……なんで、知って……?」
「やはりか。随分大きくなったのう、気付かなかったわい。ふむ、なるほどな、なかなか気高いの」
「え、会った事ありましたっけ?」
はっきりいって記憶にない。
劉輝や清苑兄いだって忘れてたのに、こんなおじいちゃんの記憶なんて……しかも私が霄太師の曾孫だと知ってるのは、ひいじいの知り合い?(みんなは孫だと思ってるし)
「おぬしが生まれて間もない頃、一歳くらいかの、霄が自慢気に連れて来おってな。奴が結婚して子供いたことすら青天の霹靂だったのにのう…」
しみじみと話す老医師に苦笑せざるを得なかった。と秀麗が葉医師を呼んだ為、室へと戻っていったのだった。
さて、と考え蝶子は自分はどうしたものかと考える。この様子では劉輝の「夜這い計画」は失敗だな、と。だったら王宮に戻ろうと考え、燕青達に言えば。
「あーっと、悪い。蝶子も今夜はここに居てくれ」
「は? なんで? 秀麗ちゃんいるし、私居てもなんだから帰るよ」
「なんつーか……夜道は危険だしっ!」
「軒使うし、用事あったけど……この様子だと駄目っぽいから帰ろうかと思うんだよね」
「いやいやいや、俺、今夜は蝶子と一緒にいたいからさ、駄目?」
「…………燕青、拾い食いでもした? どこぞの常春将軍と似たような事言ってるわよ」
「……っ」
胡散臭そうに見てくる蝶子に燕青は泣きたくなった。なんと言えば……。しかし、蝶子は肩を竦め、微苦笑した。
「なんだか、帰したくない理由があるみたいね。まあ、いいわ。後で理由くらい聞かせてもらえたら助かるわ。あ、じゃあ、申し訳ないですが私も宜しいですか?」
その様子に燕青はホッとし、美貌の君も仕方なさそうに頷いたのだった。
「あ、私の名は霄 蝶子と申します。美貌の君」
にっこりと笑うその姿、と名乗られた姓に美貌の君こと──黄 奇人は眉を寄せたのだった。
これも監禁っていうのかしら?
To be Continued